第36話 スケバン雷獣、合流する……?

 悪妖怪だけではなく、退魔師とも出くわしているかもしれない。

 塩原玉緒から聞かされた話を前に、トリニキは思わず歯噛みして拳を握り締めていた。

 教員免許を得て教師として働いているトリニキではあるが、もちろん退魔師がどのような存在であるかは知っている。だからこそ、六花と退魔師が相対した時にどうなるのか、想像できてしまったのだ。

 もちろん、退魔師とて無闇に妖怪を襲うような輩ではない。この社会において、妖怪とは人間と共存関係にある。それを不当に攻撃するというのは、言うなれば警察や軍人が訳もなく民間人を襲うような事と同義だ。

(もっと言えば、人間と妖怪の間では圧倒的な戦力差とか色々あるけれど、それは話すとややこしいからここでは省略しておくゾ:byトリニキ)

 だから妖怪も、別に退魔師と出会ったからといってビクビクする必要はないのだ――基本的には。

 しかし、とトリニキは尚も考えを巡らせる。相手が六花だった場合はまた事情が異なってくる。六花自身はもちろん悪妖怪ではない。ちとヤンチャな部分は目立つものの、彼女なりに品行方正な学生であろうと自制し、努力している事はトリニキも知っている。

 だがいかんせん、六花の本来持つ気短さや粗暴さは目立つのだ。日頃はまだ良いとしても、感情が高ぶるとそれが噴出してしまう事もしばしばである。この度の連続強盗魔に間違われた事に腹を立て、事を荒立ててしまう姿をトリニキは容易に想像できてしまった。

 しかもそんな彼女の傍に宮坂京子もいる可能性が高いのだ。彼女が荒ぶってしまう可能性は一層高まっているともいえるだろう。

 そこまで考えを巡らせてから、トリニキはふうっと息を吐いた。


「中々ややこしい事になっているみたいだね」

「申し訳、ありません……」


 気弱な青年めいた玉緒の謝罪を、トリニキは黙って受け止める。神経質そうに視線を揺らす彼を見据えながら、トリニキは問いかけた。


「それはそうと、君がここにいるって事は、塩原君自体は梅園さんのサポートには向かわなかったんだね。争いごとや何やらに関しては、宮坂さんよりも君の方が――」


 トリニキが最後まで言い切る前に、玉緒は口を開いていた。


「いざという時は他の班員を護るようにと、僕はご主人様から命令を受けているのです。そちらの方がより重要ですからね」


 玉緒は言ってから、その頬に奇妙な笑みを浮かべ、ゆるゆると首を振った。


「いえ、すみません。先程の言葉には少し嘘が含まれていましたね。ご主人様は、どうしても梅園さんのピンチを助けたかったんです。だから僕が、逆にここに留まって、班員たちを護るべく動いている。ただそれだけなんです」

「全く、君らときたら……」


 六花にしても京子にしても、なぜこうも無茶ぶりをしてしまうのか。そんな愚痴めいた考えが脳裏に浮かび、それを玉緒にぶちまけようとしていたのだ。

 それもきっと若さゆえの事なのだろう。僕はもうアラサーで、オッサンに近い存在だから彼女らの大胆な行為に首を傾げてしまうのかもしれない。トリニキはそう思う事にした。そうしないと先に進まないからである。


「いや、良いんだよ。なにも良い事はない気はするけれど……ともあれ今は塩原君を責めている場合ではないよね。反省文やら何やらは、梅園さんたちが戻って来てから考える事にしようか」

「あの、鳥塚先生」


 玉緒が出し抜けに声を上げる。先程までおどおどしていたのが打って変わり、何処となく得意げな表情になっていた。その証拠なのか何なのかはさておき、四本の銀黒色の尾が逆立ってゆらゆらと揺れている。


「と言っても、僕もただぼんやりとここにいた訳ではありません。分身を放って、周囲の様子を探ったり米田先生を探したりしておりますので」

「分身かぁ。まぁ君も狐だもんね」


 分身である玉緒が分身を使うとはたまげたなぁ。一瞬たまげたトリニキではあるが、すぐにその驚きも収まった。京子の分身であると言えども、玉緒の妖力の保有量はかなり多い。その上玉藻御前の末裔を名乗る妖狐なのだから、分身術などと使う事も造作ないだろう。

 そう言えば、六花が初めて玉緒に出会った時も、分身術と幻術で翻弄されたと言っていたし。


「ちなみに塩原君。分身を使っているって事は、その分身が見聞きした物をフィードバックできたりするの?」

「それは流石に無理ですよ。僕程度の妖力量では、複数の分身から伝わる情報を受け止める事なんてできません。情報過多で脳が焼き切れてしまうでしょうね。

 確かに僕はご主人様の記憶をある程度共有していますが、それはまぁ特例のような物ですし……」

「おおっ。皆でなんや集まって話してるみたいやけど、一体どうしたんだい?」


 地面を踏みしめる軽い音とともに、誰かがこちらに歩み寄って来る。足音の主は気軽な声音でもってトリニキたちに話しかけていたのだ。


「梅園、さん……?」

「そうだよ」


 呟くようなトリニキの言葉に、足音の主は微笑みながら返答した。塩原玉緒との問答にかまけている間に、梅園六花は戻ってきたのだ。

 但し彼女は宮坂京子を伴っておらず、その代わりとばかりに銀黒色の仔狐をホールドしていたのだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る