第37話 妖狐、悪妖怪の化けの皮を剥がす(凡推理)

 梅園六花が戻ってきたのを見た生徒らは、口々に安堵の声を漏らしていた。それだけではない。猫又で六花と比較的仲の良い牧野などは、嬉しそうに駆け寄ろうとした始末である。彼女が喜んでいるのは、上向きに立ち上がった二尾を見れば明らかだ。


「にゃにゃ、梅園さん。何か厄介な事に巻き込まれたと思っていたから良かった……んにゃっ!」


 駆け寄ろうとした牧野はしかし、六花まであと数歩の所で歩を止めた。いや、厳密には歩を止めさせられたと言った方が正しいであろう。彼女の動きは見えない壁に阻まれたように見えたし、何より牧野自身も驚きの声をあげていたのだから。


「皆さん。少しだけ待ってください」


 次に声を上げたのは塩原玉緒である。よく見れば片手で簡単な印を組んでいるではないか。牧野の動きを阻んだのは、彼の仕業であるとトリニキは悟った。大方簡単な結界術を、牧野の前方に展開したのだろう、と。


「梅園六花さん。あなたに少しばかり質問したい事がございます」


 牧野が渋々引き下がったのを確認してから、玉緒が大股気味に二歩ほど前に進む。六花はそれを見つめながら、その場で仁王立ちしていた。よく見ると、腕の中の仔狐は彼女の手首や腕に噛み付いている。


「その仔狐は僕の分身なのですが、まぁそれは良いでしょう。それはそうと梅園さん。あなたは僕のご主人様とは一緒ではないのですね?」

「ご主人様、だとぉ?」


 玉緒の問いかけに、六花はさも不思議そうに首をひねっていた。玉緒の表情が一瞬揺らぎ、しかしすぐに澄ました表情に戻った。そして澄まし顔を保ったまま言葉を重ねたのだ。


「ええ。僕のご主人様は、班行動を行っていたはずのあなたが急に離脱した事に気付き、あなたを探すために追いかけてきたはずなのですが」


 六花は適宜相槌を打ち、玉緒の話を聞いていた。その面に、小馬鹿にしたような、さも愉快そうな笑みを浮かべてはいたけれど。


「ご主人様って言うのはそういう事やってんな。だけどそれにしても奇妙な話やなぁ。あんた程の強い妖怪であったとしても、そのあんたを従えるご主人様とやらに縛られているなんてさぁ。ま、アタシも腕っぷしには自信があるから、あんたとやり合っても良い所まで行くとは思うけれど」


 ははははは。言いたい事を吐き出し切った六花の、声高な笑い声が響き渡る。

 その様子を眺めながら、トリニキはそっと玉緒と目配せを交わした。当初から抱いていた六花への――いや眼前にいる妖怪への違和感は、もはやトリニキの中では明らかな物となっていたのだ。

 彼女(?)が玉緒と行っていた問答。それは本物の六花であれば到底口にしないであろう物だったのだから。


「これではっきりしましたよ。あなたは――梅園六花ではありませんね」


 鋭い獣の眼差しを向けながら、塩原玉緒は言い切った。


「ええっ、戻ってきたのって梅園さんじゃあないの?」

「にゃんで? それじゃあ本当の梅園さんは何処なの?」

「もしかして、こいつがその……」


 玉緒の言葉に生徒たちがざわめく。妖怪の生徒も人間の生徒もほぼ平等に。トリニキは教師という立場で彼女らを落ち着かせるべく声をかけたが、それでも驚いて声をあげてしまうのは無理からぬことだと思った。

 何せ彼女らはまだ子供なのだ。妖怪の生徒であれば、トリニキよりも年長だったりする。それでも心は十代半ばの人間とほぼ同じなのだから。


「狐の兄ちゃん。このアタシを見てどうして梅園六花じゃあないって言えるんだい? その証拠とやらを教えてくれないかい?」


 梅園六花のなりをしたソレは、胸に手を添えながら問いかけた。相手がどう出るのか、トリニキには解らなかった。塩原玉緒はそいつをじっと見据えており、もはやトリニキとは目を合わせない。それでも二本だけの尻尾を揺らし、何かメッセージを送ろうとしていた。生徒らを一か所に集めて、折を見て逃げろ。そう言っているのだとトリニキは解釈した。


「狐の兄ちゃんと今呼びましたよね。それこそが、あなたが梅園六花ではない根拠と言えるでしょう。僕の名前は塩原玉緒であり、彼女はその事を知っていますからね」


 玉緒はそこから、嬉々とした様子で先の問答にて梅園六花であれば不自然な所を解説していった。六花であれば塩原玉緒のご主人様は誰なのか知っている。それに六花は、玉緒の能力の高さを知っていて、サシで闘っても勝てるなどとは言いはしない、と。

 最後の戦闘うんぬんについては、玉緒のうぬぼれとか自画自賛もある程度含まれているかもしれない。しかしトリニキとしてもその通りだと思う所だった。


「成程なぁ。退魔師連中だけではなく、アホな学生連中の中にも頭がキレるやつがおったとは……」


 言いながら、梅園六花を模していたモノの姿が変質していく。セーラー服姿の銀髪の少女から、虎柄のジャケットを羽織った白髪の女へと姿を変えたのだ。


「そうや。うちこそが芦屋川葉鳥や。覚悟せいやドサンピン共が!」


 そしてご丁寧に、女妖怪は自分の本性を暴露したのだ。トリニキは思わず胸元に手をやった。緊張で心臓がおかしくなったからではない。術師の端くれとして、切り札を使わねばならないと思ったためだった。

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