第10話 地雷ファッションと家族の絆

 六花の私室は、案の定広々としたものだった。部屋の広さ自体も、京子にあてがわれている私室の二、三倍はあるだろう。しかし家具や本棚も部屋の広さの割にはすっきりと広く、尚且つ本棚や各種の小物(小物たちは棚の上や中に並んでいた)がきちっと整理されている事が、部屋を一層広く見せていたのだ。

 しかも、玩具やら写真立ての中に飾られた写真などが多いために、殺風景な雰囲気は感じられなかった。整頓されているが、詳しく眺めると賑やかな印象を見る者に与える内装だったのだ。

 京子はそれから、六花が実は整理整頓の類が得意である事を思い出した。六花自身は雷獣の電流探知能力の応用だ、などと言っていた気がする。だが実際には、細かな所まで気が付く、繊細な気持ちを保持しているからこそできる事だろうと京子は思っていた。六花の言動は闊達そのものであるが、そうした言動の節々から、細やかな優しさが垣間見える事がままあるのだ。


「おうちだけじゃあなくて、お部屋も広いんだね。しかもきちんと整頓されているし……」

「ははは、このアタシがせまっ苦しい所に収まって、それで大人しくしていられるようなタマじゃあないからな!」


 六花は快活に笑い、それからやにわに優しげな表情を見せた。


「本当は、叔父貴や月姉が気を遣ってくれたから、広い部屋をアタシの部屋として使えるだけなんだけどな。それに最近は、野分たちもここで遊ぶ事があるから、そういう意味でもこれくらいの広さで丁度良いんだよ」

「やっぱり梅園さんは、お姉さんなんだね」

「まあな」


 そう言って微笑む六花の笑みが誇らしげで眩しくて、京子は思わず視線をそらしてしまった。同じく高校生だというのに、両親や兄らに依存して甘えるだけの自分が、どうしようもない仔狐のように思えてしまったのだ。

 京子の視線は、だから棚の上に飾られた写真に向けられた。

 ホコリひとつないしっかりとした造りの写真立てに収められているのは、五、六人ほどの子供が集まった集合写真だった。中央付近に六花がおり、その左右には少年少女が笑顔で並んでいる。六花と同じくらいの年恰好の子もいれば、六花よりも明らかに年下と思われる子もいた。人間で言えば小学生くらいの子も写っていたのだ。

 いずれにしても、その子たちと六花の面立ちは何処となく似ていた。


「……アタシの弟妹達だよ」


 背後から声がかかり、京子は尻尾の毛を逆立てながら振り返った。してはいけない事をやってしまった子供のような気分と眼差しで、京子は六花を仰ぎ見た。六花はそんな京子を見ながら、何事もなかったように微笑んでいる。


「アタシが叔父貴の許に引き取られたって事、野分と青葉も弟妹だけど本当はいとこだって事は宮坂さんも知ってるだろ? 穂村たちは、写真に写ってるこいつらは、アタシの本当の弟妹なんだよ。あいつらは、今もオーサカの本家にいるから、会えるのは年に何回かだけど」

「……」


 何てことないかのように話している六花であったが、その声には湿っぽい物が含まれていた。六花の境遇については、京子もおぼろげに知っているだけである。母親は六花の幼い頃に不審死を遂げただとか、それ故に叔父に引き取られただとか、実は異母弟妹も実の弟妹と一緒くたになって育てられているだという噂である。もちろん、京子は面と向かって六花にそんな事を聞いたりなどはしないが。六花も六花で、自分から過去の境遇について話す事もないし。

 やはり踏み込むのはまずかっただろうか。そう思っていると、六花がにこりと微笑んで肩に手を添えた。


「ま、穂村たちの事もおいおい話すよ。だからさ、そろそろ着替えようや。サキ姉たちを待たしても悪いし、野分たちだって待ってるからさ」


 六花の元気のよい言葉に、京子は静かに頷くだけだった。


 若干の気恥ずかしさを感じつつ、京子は私服の裾や袖を摘まみ、しわや伸びが無いか眺めていた。

 母が用意していたのが女物の衣裳である事、自分は生物学的にも性自認的にも女である事はもちろん解っている。だがこうして大っぴらに女物の服を着ると、どうにも収まりが悪かった。

 ちなみに京子が身に着けているのは、ブラウスとロングスカートである。但しブラウスは学園の制服と異なり、襟元と胸元や袖口にリボンやらフリルやらがあしらわれており、無駄に可愛らしい仕様になっている。ロングスカートの方は特に派手な装飾は無いが、淡い色のブラウスに合うような物を母が選んでいるらしい事は何となく解ってしまった。

 六花はまだ着替えの最中らしい。何のかんの言いつつも、自分の方が着替えるのは早かったな。ぼんやりと壁を眺めながら、京子はそんな風に思っていた。


「宮坂さん。アタシはもう着替え終わったから。壁ばっか眺めてても辛気臭くなるだろう」


 六花の明るく快活な言葉に、京子はそっと振り返った。六花が着替えている間、京子は彼女に背を向けていたのだ。女同士だから特に見られても大丈夫だと六花は思っていたのかもしれない。彼女は概ねあけすけなのだ。

 六花の姿を見た京子は思わず首を傾げた。私服である事は明らかであるが、余りにも奇抜な服装に見えたのだ。

 濃い青緑のオフショルダーのロングTシャツと、薄い藤色の膝丈までのスカート姿だった。全体的に寒色でまとめているものの、へその辺りで締めているオレンジ色のベルトが差し色となり、アクセントとなってもいる。

 無造作ながらもセンス良く決まっているのは、彼女の美貌と美的センスのなせる業であろう。スケバンな言動とは裏腹に、六花は芸術を解する心の持ち主でもあるのだ。

 ただ、無邪気にピースサインを作る六花の姿は、いささか大胆な物だった。

 何と声をかければ良いのか。京子が考えあぐねていると、六花が無邪気な様子で口を開く。


「あはは、今日はちとカッコよくキメてみたんだよ。いつもはジャージとか適当な服装なんだけどさ、折角女友達が遊びに来てくれたんだし」

「そうだったんだ……」


 京子はそう言って、愛想笑いを浮かべるのがやっとだった。心の中では色々な言葉が浮かんでいた。だが地雷ファッションという言葉がでかでかと頭の中に陣取ってしまい、すぐには何も言えなかったのである。

 それに京子の視線は、失礼と思いつつも六花の顔よりも胸元に向いてしまってもいた。背ばかり高くて痩せぎすの自分とは異なり、グラマーな身体つきをしている部分に思う所があるから……ではない。六花の胸にはカマイタチに切り裂かれた傷があるという話を知っていたし、半ば隠すように首から提げたペンダントの存在が気になってもいた。

 しかもそのペンダントは、京子の目から見ても明らかに高価な代物ではなかった。むしろ紐などはボロボロで、所々別の紐を繋ぎ合わせたような跡さえ残っている代物である。服装の方はカッコよくお洒落にキメている彼女らしからぬアクセサリーだった。だからこそ、何か重大な意味があるのではないかと、そんな風に思ってしまったのである。

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