第11話 狐娘は希望を抱く

 京子の歓迎会も、無事につつがなく終了した。六花にしろ三國にしろ色々とイベントを考えていた節もあったらしいのだが、結局は食事会のような内容に落ち着く事と相成ったのだ。それはやはり、時間が夜だった事と、京子が借りてきた猫のように大人しく振舞っていたからなのかもしれない。京子はむしろ狐なのだが。

 だがそれでも、六花の保護者からの覚えはめでたかった。三國は素直に六花と友達になってくれた事を喜んでくれたのだから。三國の妻で六花の養母になる月華は、何かを探るような眼差しを京子に向けはしたが……次の瞬間にはそれが気のせいだと思うような、穏やかな笑みを見せただけだった。


「ははは、六花も編入してすぐに、良いお友達が出来て良かったなぁ!」

「宮坂さんも礼儀正しい良い子だもんね。もしよければ、また私たちのおうちに遊びに来て良いのよ」

「そうそう。よく考えたらさ、アタシの叔父貴と宮坂さんの叔父上殿や叔母上殿とも交流があるしさ。むしろ今度はアタシが宮坂さんのおうちにお邪魔しようかなぁ、なんてね」


 三國や月華の言葉に続き、六花もそう言ってぺろりと舌を出した。京子が言葉に詰まっていると、すかさず月華が娘をたしなめ始めていた。


「六花ちゃん。親しき仲にも礼儀ありって昔から言うでしょう。宮坂さんのおうちだって、色々と準備とか用事とかがあるでしょうから、急にそんな事を申し出てはダメよ」


 おっとりした雰囲気ながらも、月華の言葉は筋の通った物だった。それに何より、六花も恐縮した様子で頷いている。ちょっと話しただけだもん。何処かあどけない様子でそう語る六花を前に、京子は取り繕うように口を開いた。


「あ、でも梅園さん。私の家に遊びに来たい時は、前もって教えてくれると嬉しいな。うちも両親とか兄たちとかがいるから……まぁでも、お父さんやお兄ちゃんたちは、私に甘いから、まぁ大丈夫かもしれないけれど」


 せやな。まくしたてるような京子の言葉に、六花は微笑んだ。


「また遊びに行きたい時は前もって連絡するよ!」


 その後については特に珍しい事があった訳では無い。食事の後は六花と共に野分たちと少し遊び、幼い双子雷獣が寝た後に入浴し、京子たちも寝る支度を整えていたのだ。

 ちなみに、京子は六花の部屋で寝る事になっていた。六花も京子も女同士であるし、所謂パジャマパーティなるものをやってみたいという六花の意向によるものだった。

 緊張しがちで神経質な所のある京子ではあるが、今宵は安心して眠れそうな気がしていた。そうした気持ちになるのは京子としては珍しい話である。何しろ、修学旅行などであっても緊張して中々寝付けない事すらざらだったのだから。


「本当に、何から何まで良くしてくれて、ちょっと申し訳ないかも」


 六花の私室。敷かれた布団の上に腰を下ろしつつ、京子は呟いた。六花の家族たちは、梅園家の面々は、本当に優しくて善良な妖たちばかりだった。三國はちょっと豪快な所を感じさせる妖物だったが、不器用ながらも家族を愛している事はひしひしと伝わって来た。野分や青葉は幼子だが、きっと素直な子たちに育つはずだ。

 自分もあんなふうに、無邪気に素直に妖生を謳歌出来れば……いつの間にか京子は思案に沈んでいた。


「申し訳ないだなんて思うなよなぁ。宮坂さんは本当にいい子だし、アタシの友達なんだからさぁ」


 六花はそう言うと、京子の隣に座り込んだ。先程まで立っていたのは、首に提げていたペンダントを外し、引き出しにしまっていたからだ。

 あのペンダントは夏祭りの露店で入手した安物であるが、六花にとっては何物にも代えがたい宝物なのだという。彼女の母から買ってもらった物なのだから。くじ引きのドベだったので、当時はもっと良い物を……とも思った事もあるらしいのだが、それすらも遠い過去の話であると、六花は教えてくれた。


「友達だって言ってくれるって本当に嬉しいな」

「何だよ今更そんな事を言ってさぁ。水臭いって言うか湿っぽいぞ」

「元々私は湿っぽい所もあるからねぇ。ふふふ、梅園さんみたいに元気いっぱいに振舞えればいいんだけど」

「別に、宮坂さんがアタシみたいになれるようにって目指す事は無いと思うんだけどな」


 ため息とともに呟いた言葉に、六花は反応した。いつになく真剣な表情を浮かべながら。


「アタシはアタシだし、宮坂さんは宮坂さんなんだ。みんなそれぞれ違うし、だからこその良さがあるんだからさ……色々あるだろうけれど、宮坂さんは宮坂さんらしく振舞えばいいんだよ。逆に言えば、アタシが宮坂さんらしく振舞うなんて事も出来ないし」


 そこまで言うと、六花の身体がゆるゆると変化していった。肌と言わず服と言わず銀白色の毛皮が露わになり、獣の姿へと変貌していったのである。それとともに、身体も少しずつ縮んでいく。

 柴犬ほどの大きさになった所で、六花の変化は止まった。二尾の、猫ともハクビシンともつかぬ本来の姿に戻ったのだ。

 京子は目を見開きながらその様子を見守っていた。


「ま、難しい事はこれくらいにして、もう寝ようや。明日も学校だし、あんまり夜更かししていたら、月姉やサキ姉に怒られちゃうからさ」


 六花はそう言って、二本ある尻尾をゆっくりと振っていた。


「うん。そうだね。お休み梅園さん」

「おう、お休み……何か宮坂さんの目がぎらついているように見えるが、それは気のせいだよな?」

「き、気のせいだよ! そんな、同級生なのに抱っこしてモフモフしたいとか、そんな事は思ってないから! ちゃんと、モフるためにタマだっているんだから!」

「そうかそうか、そうだったよな」


 六花と京子はその後しばし言葉を交わして笑い合い、そしてそれぞれ布団に入って就寝した。

 これから夏がやって来るし、学園生活の中でも色々なイベントが待ち構えているだろう。しかしそうした事を上手くやっていける。眠りに落ちる京子の心の中は、自信と希望に満ち満ちていたのだった。


           あやかし学園エキストラトラック:妖怪女子のお泊り会 完

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私立あやかし学園――教師トリニキと可愛い妖怪たち 斑猫 @hanmyou

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