第32話 始まりたるは妖怪対決

 雷獣の梅園六花と妖狐の宮坂京子。二人の妖怪少女が決闘にて相まみえる日がとうとう来てしまった。木曜日の六時間目の、ロングホームルームでの事だった。ロングホームルームに決闘を充てるのは合理的なようにも、破天荒な事のようにもトリニキには思えた。元よりトリニキは決闘などとは無縁の世界で今の今まで生きてきたから、こうしたぼんやりとした感想しか出てこなかったのだが。

 実際に闘うのは六花と京子の二人であるが、他の生徒らはそれを見学する流れと相成った。それは生徒らが志願したというよりも、それもまたあやかし学園での決まりだったのだ。

 あやかし学園の生徒の半数は妖怪である。それ以外は概ね半妖や人間であるわけであるが、人間であったとしても今後は妖怪たちと深く関わる事からは逃れられない。そうした事を踏まえれば、クラスメイトが決闘する事を見学するのは意義がある――理事長などはそのように思っているらしかった。

 或いはもっと単純に、生徒らを放っておいて自習させるのは教育上よろしくないという、大人の事情に基づいただけの話なのかもしれないが。決闘の間は、理事長はもちろんの事救護係の教諭、そして担任や副担任はこれを見届けなければならないからだ。

 そんな訳で、トリニキは今宮先生や受け持つ生徒らと共に決闘ルームに向かっていたのだ。見たまんまのセンスもへったくれもない名称とは裏腹に、決闘ルームは壮麗な、いや荘厳な雰囲気を漂わせていた。中世の闘技場をイメージしたデザインだったのだ。エリアのギリギリ外側には幾つもの紋様が刻み込まれている。結界術や防護術を展開させるための紋様なのだろうなとトリニキはぼんやりと思った。


「とうとう始まっちゃうんだな……」

「ええ、ええ。二人とも闘る気満々のようですね」


 トリニキの呟きを、今宮先生は即座に拾っていた。トリニキの視線は、ごく自然に決闘ルームの中央に向けられた。そこにはすでに、二人の少女が入場していたのだ。もちろん、というべきなのかどうかは悩ましい所であるが、二人とも学園指定の体操服姿である。

 六花と京子の姿はここでも対照的だった。

 雷獣娘の六花は半袖のシャツにハーフパンツ姿と、夏場に授業を受けるのかと言わんばかりの出で立ちであった。メリハリのある身体つきではある事はトリニキも知っていたが、女らしさを蓄えたその肢体は予想以上に筋肉が発達している。天空を駆けまわる雷獣という種族的な特徴なのだろうが、ともかく逞しく勇ましい姿である事には変わりない。

 一方、狐娘の宮坂京子は、長袖長ズボンの体操服を着用していた。不必要に素肌を晒さぬように心を砕いているようにも見えなくもない。体操着である為か、彼女の華奢な身体の輪郭が、普段以上に露わになっているようにトリニキには思えた。色の濃い体操服に白い肌がやけに映え、彼女に儚げな雰囲気を与えてもいた。

 もっとも、六花と同じく挑むような笑みを浮かべている事には変わりないのだけれど。


「宮坂君……どうか勝って頂戴」

「いやもう宮坂君カッコよすぎるやん。惚れてまうわ」

「それよか俺は梅園さんの方がぐっとくるなぁ」

「そうそう、宮坂さんは真面目一辺倒だったからさぁ」

「そんな……宮坂さんと梅園さんが決闘するなんて」


 観客席に収まった生徒たちは既に興奮しており、思った事を口にしている生徒すらいる始末だ。京子が圧倒的に支持されているかと思っていたが、あにはからんや六花の勝利や活躍を望む声もチラホラと聞こえるではないか。

――そう言えば、昔はコロッセオでの猛獣の対決や、或いは罪人の公開処刑が庶民たちの娯楽だったらしいなぁ

 気付けばトリニキの脳裏に、思い出さなくても良いような豆知識が浮き上がっていた。もちろんこれはどちらかの公開処刑ではない。危険だと当局が判断すれば決闘は終了するシステムになっているから、残虐な末路を生徒が目の当たりにする事は無いはずだ。

(大人だけじゃなくて学校に通っている視聴者も想定しているから、その辺は安心して大丈夫だよ。 By宮坂京子)

 それでも生徒らが興奮しているのは致し方ないなのだろう。トリニキはそんな風に思っていた。人間であれ妖怪であれ獣としての本能を持ち合わせている。闘争する姿を恐ろしく思いつつも、刺激的な物として心惹かれるのは自然の摂理なのだろう。

 ましてや、今回相争うのは美しい少女二人なのだ。教師として、大人として下世話な考えである事は解っている。だが美少女が闘う姿を目の当たりにする事で、皆が(特に男子生徒が)興奮するという心理はトリニキも何となく理解できた。

 そんな中でも六花も京子も泰然と微笑み、のみならず群衆に向けて手を振る事さえやってのけていた。六花は弾ける様な笑みを向けながら力強く快活に手を振っていて、京子はしっとりとした笑みを浮かべてほんのりと手を挙げていた。こんな所でも、二人は対照的だったのだ。


「とうとう楽しい決闘の始まりだなぁ……もしかしたら、楽しい思いをするのはアタシだけかもしれないけどな」


 ワーキャー言う外野たちに背を向け、六花はにやりと笑った。見据える先にいるのはもちろん宮坂京子である。痩せぎすの身体を覆い隠すように、ジャージの体操服をきっちり着こんでいる。闘う最中に暑くなってしょうがないだろうと思っている六花とは対照的だった。

 とはいえ京子は妖狐であり、しかも半妖だ。半妖だから体温も相当低いだろうし、暑さもそんなに感じないのかもしれない。六花はぼんやりとそんな事を思っていた。


「とんだご挨拶だね梅園さん。ふふっ、まるで君が初めから勝つみたいな言い方じゃないか」

「勝つみたいも何も、わざわざ負ける醜態をさらすと解った上で挑むなんて事をする間抜けが、一体何処にいるというんだい?」


 言いながら、六花はこらえきれず笑い声を立ててしまった。相変わらず徴収たる生徒たちの声は聞こえてくるが、教師からの叱責は無い。これも決闘の一部と見做してくれている事なのだろうか。


「だけどな、ひ弱なお嬢さんをいたぶる趣味はアタシだって無いよ。だから今回はアステリオスは使わない」

「僕に対して手加減なさるおつもりで?」


 笑い通しの六花であったが、それは実は京子も同じ事だった。彼女の白皙の面には、はっきりとした笑みが浮かんでいたのだから。六花みたいに声を上げて笑う事は無い。ただただ静かに、薄い唇に弧を描くだけだ。ひっそりとした、それでいて可憐な少女にはそぐわぬ禍々しい笑みだった。力を蓄え魔性を抱くという、ある意味妖狐らしい笑顔ともいえるだろう。


「梅園さん。よもやこの僕が、闘う術を持たないなんて思っているんじゃあないだろうね」


 言うや否や、京子が素早い動きでズボンのポケットから何かを取り出して放る。レシートよりもやや大きく太いそれは、護符の類だった。しかも六、七枚あるではないか。


「梅園さんはさ、確か僕の従者である塩原玉緒を怖がっていたよね? でもね、彼は今回の決闘に使うつもりはないから安心しなよ。規約違反になるし、何より僕は僕の力で勝ちたいからね。

 だけど――塩原玉緒がおらずとも、変化術をもってすれば僕は兵を呼び出す事が出来るんだよ」


 京子はそこまで言うと、短く息を漏らしてから叫んだ。


「来たれ、梅山七怪ばいざんしちかい――!」


 京子の叫びに呼応するように、まき散らされた護符が淡く輝きだした。それは徐々に膨張し人に似た形の輪郭をかたどっていき、やがて実体化した。

 それはまさしく分身の術だった。しかし、現れた分身は人間ではなく妖狐ですらなかった。白猿・水牛・猪・山羊・白蛇・狼・蜈蚣むかでとてんでバラバラの異形である。いずれも半獣人の様相を呈し、尚且つ鎧兜に身を固めた物々しい姿である。


「かの有名な姜子牙や二郎真君ですら仕留めるのにてこずった相手だ。もちろん本物と同じ力を持つわけでは無いけれど……梅園さんは何処まで持ちこたえてくれるかな?」


 その言葉が皮切りと言わんばかりに、七種の異形が六花めがけて躍りかかってきた。

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