第8話 雷獣ファミリーの歓待を受ける
六花と共に歩く事二十分ほどで、彼女の家に到着した。
ここだよ、と六花は軽い調子で紹介してくれたのだが、京子はその建物を前に呆然としてしまったのだ。
一戸建てや一軒家である事には変わりはないのだが、お屋敷と呼びたくなるような規模の、それはそれは立派な、洋風の建物だったのだ。流石にアシヤの高級住宅街にあるような、家の周りが徒歩十分などと言う現実離れした大きさではない。それでも、京子の暮らす一軒家よりも、三倍ほどの規模はあるように思えた。
「すごいね。とっても大きいんだね」
ぽつりと漏れる感嘆の声に、六花はにこりと微笑みながら頷いた。
「まぁな。ここで暮らしてるのは叔父貴や母さんに仕えている妖とかもいるからさ……どうしてもちと広い家の方が良いんだよ。そうでなくても、叔父貴ってイベント好きだから、家に妖を招くのも大好きだしさ」
「そう、なんだ」
六花の説明に、京子はややぎこちなく頷くだけだった。特に長生きした妖怪や、資産を多く持つ妖怪の家が広く、血縁者以外の者を住まわせる事があるという話は知識として知っていた。だがそれでも、実際に当事者から話を聞いて目の当たりにしてみる事とは話は別だ。その事に京子は、たった今気づいた。
して考えてみると、京子の家は人間たちの暮らしにかなり近い物であるのだろう。何せ両親と子供たちという完全に血縁者だけで完結した住まいになっているのだから。
「とりあえず入ろうや。もう叔父上たちとか春兄とかサキ姉には連絡を入れてるから、宮坂さんの事を待ってるんじゃあないかな」
「そんな、流石に大げさだよ……」
「大げさなもんかい。宮坂さんはアタシの友達なんだからさ。拳と本音を交えてぶつかり合った仲じゃあないか」
拳を交えてやり合って、それで仲良くなっただなんて、まるで男の子みたいだわ。京子は一瞬そんな事を思ったが、特に口には出さなかった。六花は上機嫌と言った塩梅でバシバシと京子の肩を叩いているし、決闘した事自体は事実なのだから。
そして六花に促されるままに、京子も門をくぐり、家の敷地へと足を踏み入れたのだ。様々な植物や草木が植えられており、家のあるじが植物に興味と造形のある事がありありと感じ取れた。こうした環境で育ったからこそ、六花も園芸部に入部したのかもしれない。京子は密かにそんな事も思っていた。
案の定、六花の養父である三國は、かつては農園で働き資金を稼いでいた事があるのだと教えてくれた。数多くの平凡な植物と、数少ない非凡な植物は、その時の名残なのだ、とも。金色がかった緑色の、いかにも羊にしか見えぬ植物には、さしもの京子も度肝を抜かれたが。しかも本物の羊よろしくメエメエと啼くのだから尚更だ。
「みんな、ただいまぁ~」
気が付けば、隣の六花は玄関扉の鍵を開け、挨拶の言葉をも口にしていた。六花が口を開いたのは鍵を開ける前だったような気がしたが、雷獣であれば扉の向こう側に誰がいるのかははっきりと判るのかもしれない。獣妖怪だって、嗅覚を駆使して壁の向こう側に何があるか、誰がいるのかをある程度把握できるのだから。
「おじゃまします……」
おずおずと挨拶を行い、六花に続いて京子も玄関に入る。早速くつろいだ(?)様子の六花の隣で、京子はどのような状況なのか周囲に目を配っていた。
「お帰りなさいませ、六花お嬢様」
たたきの向こう側では、獣妖怪の男女が待ち構えていたかのように佇立していた。どちらも雷獣ではない事は、京子もすぐに判った。特に女性の方は、管狐のようだった。もしかすると、六花が言っていた春兄とサキ姉とはこの二人の事なのかもしれない。
そんな風に思っていると、二人の視線が京子に向けられる。
「そして宮坂のお嬢様。本日は梅園家にようこそ。六花お嬢様の御学友との事ですので、私どもも心より歓迎いたします」
「そんな……」
管狐の女性の言葉に、京子は気恥ずかしさと多少の居心地の悪さを感じつつ首を振る。
「そんな、僕、じゃなくて私はお嬢様とかでも何でもないですよ。両親も普通の公務員と主婦ですし、そもそも私は半妖なんですから……そんな風に、丁重にもてなされるとちょっと緊張しちゃいます」
「宮坂さんは、生真面目だけど庶民派だもんなぁ」
六花が呑気な事を言って笑っている。六花の反応はさておき、管狐の女性は、京子の言葉に微笑みながらゆったりと首を振った。
「いえいえ宮坂さん。そんなにご自分の事を卑下なさらなくて良いんですよ。あなたはご自分で普通の高校生だと思っておいでかもしれませんが、あなたの叔父様や叔母様が、名うての退魔師として活躍なさっている事は、私もご存じなのですよ」
彼女はそこまで言うと、にわかに笑みを深めて言い足した。
「知り合いの管狐で、あなたの叔母である宮坂いちか様と懇意になさっている方がいらっしゃるんですよ。そのつながりで、宮坂さんたちの事も少しだけ知っているんです」
「ああ、あの……!」
管狐の言葉に、京子は感極まって声を上げていた。叔母と懇意にしている管狐については知っている。校外学習の折に京子たちと合流した、メメトと名乗る管狐の少女だろう。彼女も叔母のいちかを姉のように慕っていたようだが、まさかここで繋がりがあったとは。案外世間は狭いのかもしれない。京子はしみじみと、そんな事さえ思い始めてもいた。
「そんな訳なので、宮坂のお嬢様もどうか緊張なさらず――」
管狐の女性が全て言い切るのを、京子は最後まで聞いてはいなかった。彼女の注意は、凛とした様子で佇む管狐ではなく、床の上を転がるように飛んできた小さな毛玉に向けられていたのだから。
「あ、こら」などと言う、それほど切迫していない声と、仔猫の啼き声のような声が、転がっていく毛玉の間で迸る。飛んできた毛玉は二つであり、それは磁石のように六花たちの許にやって来たのだ。
毛玉の正体は、獣妖怪の幼子たちだった。変化は完全に解けているので、それぞれイタチやアライグマの子供にそっくりだった。青みがかった灰色の毛並みと、アライグマに似た姿の子は、六花の足許にしがみつき、ゆっくりと尻尾を振っている。
その様子を見つめていた京子は、自分の足許に何かがぶつかって来る衝撃を感じた。何と、京子の足許にも毛玉のような幼子が縋りついているではないか。その子は金褐色の毛並みに、イタチの子供のような姿をしていた。柔らかな肉球と細くてもろそうな爪の感触が、ズボン越しに伝わって来る。
イタチめいた姿の幼子は、顔をあげて首を傾げていた。
「あれ……? おねえちゃんじゃあないの?」
「あおば! おねえちゃんはこっちだよ!」
不思議そうな様子の幼子に対し、六花に縋りついていた方の子が声を上げる。
この幼子たちが六花の弟妹(厳密にはいとこだが)である、野分と青葉の兄妹なのだと、京子はこの時気付いたのだった。
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