死神、或いは海岸線の観客

身に浴びたそよ風が、全身を撫でる。

その海辺特有の涼しさが気持ちよくて、目を閉じながら体をくるっと回転させる。

履いたワンピースの裾が、花のような大輪へ広がり、それを見て、どこか私は満足していた。


そんな時だった。


「どうもこんにちわ、死神です」

やけにフランクな自称死神が、私の後ろから話しかけてきたのは。


「こんにちわ死神さん、良い天気ですね」

「まだ太陽すら出てませんけどね」


思ったよりも冷静な返答が返ってきた。

確かに、眼前に広がる海は、私の心と同じように黒く淀んでいる。だからといって、会話の糸口を簡単に途切れさせるのは如何だろうか。


「死神なんて自称しているんだから、もっと頭のネジが5本位外れた返事を期待してたんだけど?」

「そりゃゴメンナサイ。でもまぁ、死神と会話してる人間なんてあんまりいないんだから、そこを誇りましょうよ」

「それこそ頭のネジが外れてるよ。そんな話を友達にしたら、次の瞬間にはいなくなるよ」

「ははは、それもそうですねー」


何も面白くないのに、死神は面白そうに笑った。


そして、当たり前のように繰り広げられる応酬は、私にとって不快でしかなかった。

なぜ、私はこんな奴と、話をしているんだと。

なぜ、私はこんな自称死神いかれたやつをしているんだと。



「私は、死神の世話になる気はないから――」

それだけ言い残し、私は、自称死神ヤバイやつを振り切るために、砂浜を駆けだした。


「ちょ! どこへ――」

何か、声が聞こえた気がするがそれを無視して足に力を込める。

足場の悪さに何度も足を取られそうになるけど、それをなんとか持ち直しながら進む。


元から走ることは好きだった。

そして、それで進学できる位には鍛えていた実力があった。


それも今日で終わり。あんな奴はほっておいて一人になれる場所を探さなきゃ。


そう、独りになって……


そこまで述懐して、がむしゃらに動かしていた脚が、電池の切れた機械のようにピタリと止まった。


全てはあの日の――


「あの日、老人を庇って、怪我しちゃったんですもんね」

またしても背後からさっきとは違う声に、驚いて振り向く。


しかし、そこには誰もいなかった。


「あの日、友人との待ち合わせをしていた貴女は、目の前の横断歩道で立ち往生しているお婆さんをみつけた」

またも、背後から別の声が聞こえる。


「そして目と鼻の先には車が来ていた」

もう一度振り返る。しかし、そこにはやはり誰もいない。


「貴女は自分の脚に自信をもっていた。だから人一人程度なら抱えて走っても、問題なく無事であるという未来を疑いもしなかった」

「……めて」


一言言い終わるごとに、声色は変わっていく


「確かに君は正義感があった。だからこそそれが致命的な失敗になった」


でも、全てが私を見透かすように、なんでも知っているかのように問いかけてくる。


「確かにお婆さんは助けられた」

「――やめて!!」

耐え切れなくなって、私は叫んだ。

けれど――


「けど、あの日、君の脚は壊れた」




思い出したくもないあの日、お婆さんを抱えて走ったことで命は救えた。

けれど、ろくに準備運動もせずに、人を抱えて全速力を出して、過負荷が掛かった。


結果として私の競技者としてのキャリアは絶望に照らされることになった。



「そうして全てに絶望したらぶちゃんは、自らの人生にも終止符を打つため、夜中に海へとやってきたのでした」

めでたしめでたし、と言いたげに死神は語り終えた。

けれど、それ以上の疑問が私の頭の中に湧き上がっていた。


「あんたは一体全体何なの!?」

ほかにも言いたいことは山ほどあった。けれど、その問いを聞けばわかる気がした。


「どういったら納得してくれますかね……」

そう言いながら、死神は、私の眼前に姿を現した。


スラっと伸びた脚は、筋肉が付いて、まるで何かスポーツをやっているかのようだった。

「アナタの心に住み着いた、もう一人のアナタじぶんとでも言いましょうか……」


身に着けているワンピースは、微かに見える陽光に照らされ、透き通っていた。

「無意識のうちに苦しんでいたアナタの顕在意識とでもいうべきでしょうか……」


そして瞳は、どこか希望を信じていた。

「ともかく、私は貴女です。」


そこには、私が立っていた。


「なんであれ、貴女は幻覚が見えてる位、追い詰められているってことです」

事も無げもなく、死神わたしは呟いた。


まぁ、コレは夢だと思ってください。

そういって彼女は、海へ向かって駆けた。

徐々に死神は、海岸線へと消えていく。



私はそれをただ目で追う事しかできない、ただの観客だった。


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