God hands
「お前には百の手が生まれた時より存在している。わかっておるな」
「はい長老。存じております」
「ならば行くがよい!
「――承知!」
それが、私が先代千手である父と交わした、最後の言葉だった。
騒々しい。私が
周囲には天にも届きそうなほど屹立した建築物が無数に、それに比例するように、道を歩く人間は多種多様な
「――そこのお兄さん! ちょっといいか⁉」
背後から、上背があまりない一人の男が話しかけてきた。そして男の顔は、まさしく困難に直面している表情だった。
「どうした、男よ」
「男ってなんだよ雑だな……」
「お主の名を知らぬからな。無学な故、そなたを男と呼ぶ以外の呼び名を持ち合わせていないのだ」
「随分と変わった――ってそんなことはどうでも良いんだよ! お兄さん! あんたの
――その言葉を待っていた。まさかここまで一足飛びに、千手の力を頼よる者が現れるなど思いもしなかった。その順調振りに、自然と頬が緩む。
「――勿論構わぬ! 降雨の儀だろうと、我が御手の奉納だろうと任されよ!」
「……いまいちお兄さんの言ってることは分からんけど、頼みごとを聞いてくれるという事だよな⁉ なら着いてきてくれ――」
そういって男は、千手を手招きしながら、疾風の如き速度で走り出した。「手を切って差し出してくれ」そう願われるのを覚悟し、己の法衣をはだいていたが、それに目もくれなかったことに思わず面食らった。
「――男よ! しばし待たれよ!」
一度引き受けると言ったことを遂行できぬなど、千手の名折れ。そう改めて胸中で誓いながら、男の後を追った。
そうして
「おせぇぞ兄ちゃん。願い聞いてくるんじゃないのかよ?」
「――はぁ……お、お主が……はぁ、早すぎるんじゃ……はぁ……」
千手は
「でさ、お願いなんだけど……」
「おう! なんでも任されよ!」
「――なら、これを抑えるの手伝って欲しい!」
そういって、男は千手の頭上を指差しながら頭を下げた。
「――は?」
自分でも間抜けすぎる声が出た自覚はある。しかし男が指差したそれは、横幅は優に
「――ふ! ふんぬぬぬぬ――」
「いやぁ、お兄さん力強い! やっぱりその筋肉を見込んだ甲斐があったあった!」
「無駄口を叩くな――我の手を
「ごめんごめん、手元が狂っちまった!」
安請け合いとは、さしもこのような事を指すのだろう。胸に誓った誓いを、千手は既に後悔していた。その看板は、
「――そもそも! これを地に下ろして絵を描けばよいではないか!」
あまりの重さに仏と謳われた千手も不平を漏らす。幽世にいた時ならともかく、人の身として存在するうえで、ここまで重い物を持たされるなど埒外だった。
「いやまぁ、千手さんの力を、いや
「それはそうだが! ――って待て! 我はお主に名を名乗った覚えはないぞ⁉」
「ほら、集中集中!」
今、看板を背負っていなかったら間違いなく千手は男の顔を見ていただろう。だが、背中に背負った重みがそれを許さなかった。手が届かないとはこのような事を言うのか。思わず歯噛みをしてしまう。
「いや、実はね、私は耳が早いんですよ」
「――まさか⁉」
その名乗りの口上は長老から聞かされていた。幽世の千手一族とは対を成す現世に遍く広がる存在。
「
「おぉ! 知ってくれてたんです⁉ これは光栄ですし、何より手伝ってくれるのは嬉しいです!」
――彼らは、千手を体よく使うのだから気を付けろ。長老から、そう口を酸っぱくして言われたのに、何たる屈辱。思わず千手の目から涙が零れる。
「一生の不覚……」
「いやいや、千手さんが引く手あまたになることは目に見えてましたから。先んじて手を出させて頂きましたよ」
すまなそうな声色と、手を合わる謝罪の意を示していたが、男の唇から、舌が小さく出ているのを千手は見逃さない。
「貴様ァ‼」
そう空に向かって千手は吠えた。
しかし、頼まれた仕事を断れない千手の性によって、きっちり仕事を手伝わされ、手玉に取られたのだった。
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