そのヒーローの名を呼べ
「『助けて! めぃてほべぅゔ!』っと……」
「いやいやいや待てや」
「――先生まさか、私が考えた完璧ヒーローにケチつける気?」
「それ以前の問題だアホたれ」
ぼそぼそと呟きながらCはノートに必死な顔で書き込んでいた。最初こそ、必死に勉強しているのだと思い、感動の涙で溢れそうになったが、実体は全く違っていた現実に頭を思わず頭を抱えてしまう。
「なんで? この名前カッコいいじゃん」
「そもそもさ、今補修中だぞ? お前何やってんの?」
「二四〇二年から始まる、新しい戦隊ヒーローの名前でも考えようと、私のIQ五三億のパワーをフル活用して生まれた超絶ウルトラメテオッティックにカッコいい名前だけど」
……頭痛が痛いとはまさにこのためにある言葉なのだろうか。思わず嘆息する。
「発言に知性を感じないお前には無理だから、どれだけ頭を捻ろうと無意味だし諦めろ。そして大人しく課題のプリント問題を解け」
「もう終わってるからオッケーってことでいいですか?」
「嘘つくなって、一個でもミスが見つかったらお前の宿題二倍にするけど、それでもいいのか?」
「問題なしです! その間に私は必殺技考えますので」
「――おい! 一問目からミスってるぞ! なんで1+2=5になっているんだ……」
「そりゃ戦隊ものには最低五人は必要ですから」
「そこから離れろ!」
その叫びは、二人きりの教室に空しく響いた。
「H先生、ちょっといいですかな?」
「――G先生、何かありましたか?」
正直言って、教頭のGに話しかけられたのは最悪だった。
――Gの頼み事は経験則から厄介ごとが多い。やれ体育祭実行委員会の教師として付いてくれだの、生徒会選挙の立会人の担当になってくれだの、とにかく面倒な役を割り振られることが多いのだ。
「実は、頼みたいことがあるのですが」
「――自分の出来る限りなら、勿論構いませんよ」
生徒の前だったり、建前上では先生同士は対等とされている。けれど、実体としてはそんなものはなく、年功序列が未だにはびこる昭和体質は変わっていない。つまり、この提案を断る選択肢は二年目の新人には存在するはずが無いのだ。
「あぁ糞が、Gの野郎……」
「
思い出すだけで腹が立つ。だが、それを声に出してしまった。Cはその機を逃さず、ニヤついた笑みで指摘した。
「……聞かなかったことにしろ」
「補修を免除してくれたらいいよ」
失言を逃さず、素早く交渉を行う姿勢は私も見習うべきかもしれない。だが、今これを許せば、彼女を教育者として見過ごすわけにはいかない。もしここで見逃してしまえば、それは生徒の教育を放棄することに他ならないのだ。だから私はここで――
「――補修テストの点数を一〇点加算、それ以上は駄目だ」
「成立っ! 話判るじゃん先生ぇ!」
これがバレたらクビでは済まないので、それらしい決意は丸めてゴミ箱に投げ入れた。
「そもそも、お前が問題児過ぎるのがいけないんだ。なんでもっとテストの点数取らないんだ?」
彼女のプリントを眺めて気付いたことがある。彼女はケアレスミスこそ犯すが、まだ補修が始まって間もないのに、要点自体はすでに理解しているのだ。――致命的な集中力のなさといったら、それまでかもしれないが。
「だって、G先生の授業、めっちゃつまんないだもん」
「……先生は何も聞かなかったからな」
だが、そこからCの愚痴は暴走した機関銃のようにとどまることを知らなかった。やれ、目線がイヤらしいだの、ちょっとの雑談ですぐに怒鳴り散らすだの、G教頭の授業に対する不満が噴水の様に溢れ出した。
「なんというか、お前も苦労してんだな」
「そうですよ、だから先生も私を合格にして下さい」
本当だったら、補修などさっさと終わらせてやらなければいけない仕事をさっさと片づけたい。だがここで適当に放りだしたら、Cという生徒の人生に関わってしまう。
「目標点数を取ったら、今すぐにでもたたき出してやるよ」
黒板に書かれた『40点』の文字を叩きながらHは言った。
「酷い‼」
「知るか」
そもそもこれは今回のテストの赤点ラインなのだ。これ位は突破してもらわなければ、困るのはこれからの授業を受ける彼女なのだから。
そこからは、今までに比べたら授業を大人しく受講した。通知表の評価を最低にするといったからだろうか。
「じゃあ、もう一回テストだ。さっきのヒーローだかの名前は消しとけ」
そして一通りの授業が終わった後、Cにテストを受けさせることにした。しかし、Cの顔は何処か不満気だ。
「なんだ、早く帰りたいんじゃないのか?」
「『めぃてほべぅゔ』って名前めちゃめちゃ気に行ってるんですよ……」
「発音方法すら分からんヒーローなんか価値無いだろ、特に『ぅゔ』の部分なんてどうするんだよ」
「これは小説の登場人物が喋ってるんだから、音声は別売りとなっています。サンプルのは[https://」
「答案にURL書いても飛べねえだろが」
結局、名前を消すことをよしとしなかったCの根気に負け、Hが新たな答案を用意するという事で決着した。そしてそのまま問題を解き始め、Cはあっという間に終わらしてしまった。
「じゃあこれで提出ってことで」
そういって、CはポイっとHが座っている机に答案用紙を放り投げる。
「おい! 雑だぞ――」
「お疲れ様で~す」
そう怒ろうとした時には、既に教室の扉は勢いよくしまった後、廊下を走り去っていく音が聞こえた。
「はぁぁ…………」
こんな疲れる補修は、教師人生として初めてだった。だが、解答欄は補修の甲斐があったのだろう、空欄は一つも存在しなかった。さっさと丸付けをして、自分の仕事に取り掛かろう。机の引き出しを開け、赤ペンを引っ張り出した。
「――ってこれ! 点数足りてねえじゃねえか⁉」
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