劇中劇中劇中劇

――むかしむかし、あるところに王様がいました。その王は民から愛され、そして王も民を愛していました。そんな時、王族に使える魔法使いが恐ろしい予言をしました。

 

 『いずれ、恐ろしい災いがこの国に降りかかる』

 

 そして、その日は今日なのだろう。王は砂漠で騎馬に鞭を打ちながらその日の事を思い出していた。幼い頃、先代王である父と共に聞いた恐ろしい予言を。何も手を打たなければ、滅びの道に進んでしまうと。王は出来る限りの備えをした。飢饉が訪れることに備え、備蓄を作り始め、流行り病に備え、優秀な人材を医療が発展している他国に派遣した。そして、武力をもって侵略せんとする敵に対抗するため、皇太子である私自身も己を始めとした騎士団を徹底的に鍛えなおした。

 

 だが、敵の方が我々よりも数枚も上手だった。

 既に、仲間は捕らえられ、この身一人が、命からがら逃げる事しか出来なかった。砂漠の中、独り生還を果たした皇太子がそこにいた。


――悔しい


 民から全てを奪ったあの男を、皇太子として、民を導くものとして、決して許す事などできない。手綱を握る手に力がこもり、掌から血が滲む。自分の不甲斐なさに嫌気がさす。

「――っ」

 だが、その頬には、一滴の涙が輝いて――


 

「カットカット!」

 その言葉に、セットの上にいる馬も皇太子も、砂埃でさえ動きを止める。そして同時に理解する、コレはヤバいと。


「お前その演技ふざけてんのか!?」

「す、すいません!」

 メガホンを片手に持ちながら、偉そうに座るサングラスの男は皇太子にそう怒鳴った。非常に怒りっぽい性格をしている彼の名は、B。日本どころか、世界にその名を轟かす敏腕監督である。


「今回のお前の役は、民や国を全て奪われた復讐に燃える王子だろうが! 何安易な涙を見せているんだよ!」

「し、しかし! ト書きには"一度来た道を振り返り、涙を流す"との指示が!」

「なもん後から編集で追加するに決まってんだろうが! お前の涙は安っぽいだよ!」


 皇太子役にあてがわれた俳優は、所謂アイドル枠、大人の事情という奴だ。世の中の評価も高くなく、現場を見たその人から見ても、お世辞にも上手い演技とは言うことが出来ない。しかし、それでも持ち前の明るさと人柄の良さで、今まで共演者やスタッフとの距離を詰めてきていたのだ。それが、撮影に入った途端に浴びせられる罵倒。そしてそれらは理不尽とも言える内容だった。


 彼の心がポキリと、折れた音が、顔を見せた。この涙は、この映画の序盤の見せ場で、そのために必死に練習を重ねてきた。それなのに、それなのに……


 彼の目から、涙を零すことを咎める者は誰も居な――


「おい! ちょっとお前こっちに顔を見せてみろ!」

「――っ」 

 その場の重たい雰囲気を破ったのは、ほかならぬこの空気を生み出したBだった。監督としての言葉に、無意識のうちに視線を向ける。

「お前ぇ、良い表情できんじゃねえか…… 撮影班! もっかい撮るぞ!」

普段アイドルとして見繕ったその仮面なんて面白くもなんともない、Bはそう考えていた。だが、その仮面を外した本来の表情を見て、その考えは一変した。


――こいつ、面白いぞ、と。


「……え?」

その言葉に、空気が一気に弛緩する。そして当の本人が、その急激な変化に付いてこれていなかった。

「おいメイク班! ぼさっとすんじゃねえ! 化粧直してこい!」

「了解です」

 そういって何人かのスタッフが化粧道具を持ってこちらに駆け寄る。そして慣れた手つきで涙で崩れた部分を補修し始めた。

「大丈夫です、B監督は確かに口も愛想も悪いけれど、貴方をこの現場に呼んだ。認められているんですから」

 メイクさんのその言葉に、彼は皇太子としての自信を取り戻しつつあった。



 

「ふぅーん…… あの表情はそういう……」

 今日見てきた映画の監督に密着したドキュメンタリー番組を見ていた私は、あの迫真に迫った演技の訳に納得した。アイドル俳優を使うなんて、遂に大人の事情に屈したのかとB監督のファンである私は予告を見た時から絶望していたのだが、蓋を開けてみれば素晴らしい演技だったことには間違いなかった。

 

 だが、SNSの評価は全く違っていた。

「いや、私のPちゃんを泣かせないでほしいんだけど」

「マジで信じらんない」

「ほんっと最低、Bってジジイ許さない」

 溢れかえるのはアイドル俳優であるPのファンによるB監督叩きだった。

 

「本当、レイヤー1つ通すだけでも、真実って変わるもんだね」

 復讐に燃える王子様、それを撮る映画監督、それを写すドキュメンタリー番組。ただ、一つ言えることがあるとするならば。


「一番上のレイヤーにいた私が、一番良く見ている、ってことかな」

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