スクロース依存症
「――常識は誰でも知っている当たり前のものではありません。自ら掴みに行くものです!」
声量を張っているわけでもない。仰々しい態度というものですらない。
ただ、私にはよく響き、そして長年の勘から直観した。
この
自分に誓っていることがある。
『知識を鵜呑みにせずに、直接見聞きし、学んだものをだけを信じる』
だから、日々友人との情報交換を欠かさないし、新しい常識を更新しようと努力している。
だから自己研鑽の為に時間を作り、合間を縫って、今日もまた説明会を探すのだ。
『化学薬品に頼らない体作り・自分の身を守るために 』
日程:〇月×日(水)15:00 場所:後述のアプリを使うオンライン
参加費:3000円 講師:by佐藤守医師
それは毎日見ている説明会の情報が集約しているサイトでなんとなく目を引くタイトルだった。サムネイルに載っている、人の良さそう顔の人物が講師だろうか、私はいつものようにクリックして内容を確かめた。
まず真っ先に確認するのは参加費、これはマストで確認しなければならない。
基本的に無料だったり、1万円のような極端な値段設定はいわゆる地雷説明会という奴に当たる可能性が高い。なぜならば、講師が知識を生徒に教えるために開くものであり、無料で開いたりするためには様々な無駄を削って開催されている可能性が非常に高い。それは会場設備だったり、講師の質だったり、はたまた知識の正確性だったり、多様に渡る。なら高ければいいのかというわけでもなく、金だけ集めてそのまま逃げられるなんてパターンも存在する。
それに比べ、この説明会の3000円というのは常識的な範囲に収まっている。講師が医師という点も評価が高い。私より学生時代に多大な努力をされてきたのだろう、信用できる人選だ。
そして一番気になるのが「オンラインで開催する」というものだ。このご時世だ、どこかの会場に集まるというのも危険な行為だからと、自粛の流れになっている。今までに見たことのない題材で、時代に即した開催形式。私の心は参加に傾きつつあった。
だが、題材が少し不安であることは間違いない。今までの人生、基本的に体の不調には薬を使うのが当たり前でそこに疑問を持ったことは無かった。
しかし、今まで何度も古臭い常識を数えきれないほど、偉大な先生方によって砕いてもらってきた。
私が一番必要としている知識が手に入ることができるのだ。
気が付いた時には、参加するために必要な手続きは終わっていた。
気づけば、開催日になっていた。いつもより短い時間で身支度が済み、他の説明会もこうならいいのにと思ってしまう。ふと真っ暗な画面を見ると、私の顔が反射していて、口角が上がっている。
あと、1分…… 待ちきれない……
時間になった。すると画面が一気に明るくなり、おもむろに優し気な顔と男性が現れた。
「皆様こんばんは、佐藤守と申します。今回は皆さんに自分の医師としてのキャリアを通じて学んだ知識や経験なんかを伝えたいと思います。ここで学んだ知識は、現時点ではまだ一般に知られておらず、これからの新常識になること間違いなしです。世間の人たちより早く賢くなりましょう。」
説明会の最初の挨拶とは、目的を端的に表す大事なものなのだ。私は先生の言葉に心が躍る思いだった。私の思いを理解してくれている、と。
「近頃、塩化ナトリウムの有害性が白日の下となってから久しいです。が、しかし、私はここでスクロースの危険性、並びに依存性を広めこちらも同様に規制すべきという知識を持って頂きたいと思います。」
そこから私は一言たりとも聞き漏らさないと意気込み、話を聞いた。
「まず第一にこの物質の危険性は口腔内、つまり口に入ったときに発生する。口に入ったスクロースは象牙質などと合体し、酸を発生させてしまう。」
「科学者も危険性は理解しており、国が作るSDSと呼ばれる様々な化学物質の取り扱い方を纏めた書類にも、『実験に用いる際には安全対策として保護眼鏡、保護手袋、呼吸用保護具の着用を義務付けている』ほどだ。」
「また依存性を持つという点も決して見逃せない要素だ。」
「通常、依存症とは脳内からドーパミンと呼ばれる快楽物質が放出され、幸福感をもたらされその状態が癖になり中毒症状を引き起こすものです。」
「しかしこれらは通常の薬と同じように、複数回接種することによって発生するものですが、なんとこの物質は一度摂取するだけでドーパミンが作られてしまいます。これらの状態を引き起こすとして有名なのが皆さんご存じの麻薬というものです。」
「本日の説明会は以上となります。短い時間ではありましたが、これからの人生の実りとなりますよう祈っています。」
気が付けば、私は届かないとは分かっていても、自然と画面越しに拍手を送っていた。早速今からスクロースが入った食べ物をできるだけ取らないようにしなくちゃ……
「――ふぅ…… 終わったぁ……」
「おっ、これはこれは、医者免許を持っていないのに医者を名乗っている佐藤守先生じゃないですか。今回のカモはどうでしたかな?」
「今回も意識高いだけの馬鹿が釣れてで哀れだったよ……」
「なんだっけ今回の題材?『化学薬品に頼らない体作り』でしだっけ?」
「スクロースをテーマに扱った奴だ。あんな砂糖の事実を陳列しただけのただのwikiからのコピペだ」
「まぁ水だって飲み過ぎれば死ぬし、酸性雨の原因にもなりますしなぁ……」
「全くだ、みんなが知らないこと知りたがる需要ってのは昔から変わらないからな。昔いただろ、クラスの女子でやたら好きな子を聞き出す馬鹿な女」
「いたいた、事実の裏取りすらしないスピーカー女」
「あぁ、良い迷惑だった。だがその馬鹿が今もいるお陰で、我々が今も食えているのだ。感謝せねばいけないかもしれんな」
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