めっちゃ存在感のある幽霊
「いらっしゃいませー!」
深夜、昼夜逆転生活で持て余した暇を解消するため、コッソリ家を抜け出した。向かった先は、徒歩数分の場所にあるコンビニ。家の中でさえ蒸し暑いのに、外で歩けば滝のように汗が噴き出る夏の暑さに抗おうと、アイスを求めて光に群がる虫のように、当たり前のように辿り着いた。
だが、そこで自分は深夜にしては威勢のいい掛け声なんて耳に入らない程、動揺していた。その元気の良い挨拶をした店員が、商品棚の隙間に消えるときに一瞬見てしまった。
なぜなら、その店員には――
「……え、え」
膝から下が無く、宙にプカプカと浮いていたからだ。
自分が見た光景が現実のものと理解できず思わず目を擦った。目を開けた時、そこがボロ屋敷に変貌していたり、廃屋に早変わり、そんな事態にはなっておらず、至って普通のコンビニの店舗の内装が広がっていたことに、ひとまず安堵する。そして、自分の見た光景は疲れなんだろう、だってそんなのいるわけ――
「どうされましたか~!?」
「うわあああ!」
突如として 眼前にその店員が目の前に立って話しかけてきた。さっきまで別の棚の通路にいたはずなのに、まるで瞬間移動でもしたかのような早さだった。思わず大きな声を出して驚いてしまうのも仕方ない、そう自分に無理やり言い聞かせる。
こうなってしまうと、やはり先ほどまでの疑念が頭をよぎってしまう。出来る限り自然に、そう、視線を落として――
「――もしかして!? 幽霊の私に惚れちゃいましたか!?」
「え」
「いやーん! どうしよう! 私好きな人いますし、一目惚れはちょっと困っちゃう~」
そういって店員は頬に手を当て恥ずかしそうにしていた。いや、そんなことよりも大事なことがある。もう取り繕う事を辞めて、素直に見ることにした。
「――やっぱ足無いじゃんか!」
そんな自分の絶叫が、店中に轟いた。
「とりあえず驚かれているようなので自己紹介を、ワタクシこの店舗でワンオペバイトをさせらています、イレユウと言います!」
「こ、光栄です?」
「――こ、光栄だなんて! 嬉しいです!」
どうやら満点解答のようだ。イレウユは嬉しそうな表情を浮かべ、先ほど以上の高さに飛び上がり、天井に体が半分程めり込んだ。そして、その体勢のまま、イレウユは自分に対してマシンガンの様にとめどなく愚痴を吐いた。やれ休みが少ない、好きな人が全然振り向いてくれない。
どれもが些細で下らない愚痴だった。だけれど、幽霊ですらそんなことに悩むのか、そう考えたら、なんだか自分の悩みさえ馬鹿らしく感じてしまった。
「――自分の愚痴も聞いてくださいよ」
口下手な自分も、いつのまにか口が動いていた。家族とのこと、取り返しがつかない程の大きなミスのこと、イレウユは時々相槌を打って静かに聞いてくれた。
そのまま当初の目的を忘れて、僕たちは雑談に華を咲かした。それは有意義で、明日という一日も大切にしたい、自然と思えていた。
『キーンーコーンーカーコーン、時間ニナリマシタ!』
突如として店内スピーカーからイレユウの声が流れてきた。あわてて時間を確認すると長針は、午前2時を指していた。
「あら、店仕舞いの時間みたいです」
残念そうに、イレウユは呟いた。
「このコンビニ、24時間営業じゃないんですか?」
「ご時世って奴です。最近客層が悪い人が増えてきちゃった影響もあるらしいです」
正直に言って、この会話が終わってしまうのは惜しかった。どうにかしてまた会いに来たい。ただ、客としてくるには少々恥ずかしい…… その時自分の頭に電撃が走った。
「あの! 自分もこの店でバイトしてもいいですか!?」
イレウユはワンオペを嘆いていた、どうせ昼夜逆転の性で夜勤バイトを探していないこともなかった。我ながら頭が良い口実を思い――
「うーん…… それが出来たらいいんですけどね…… ここは一回来たら、もう二度と来れないですし」
しかし、帰ってきた返事はやんわりとしていたが、まさかの否定だった。
「いやいや、自分の家から徒歩五分もないですって。いつでも来れますって」
なんとか説得しようと自分も必死に食い下がる。
「そういうことじゃないんですよね……」
そうして快活な店員さんにしては、随分と歯切れの悪い回答だった。
「あの、もしかして何か理由があるんですか?」
そうでもなければ、きっと断る理由は無い筈だ。
「だって、ここは死んだ人が最後に買い物できる場所ですから、アナタは昼夜逆転生活とかいう不健康で死んじゃって、これから天国か地獄に行くんでお別れなんですもん……」
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