人は食べた飯の地域の住人になる

 何か変だと感じたのは、校門前で友達と別れ一人になった後だ。自分の体調が変というわけではない。ペダルを漕ぐ脚は健康だ。なら周囲の景色がピカソの絵の様に歪んでしまっているというわけでもなく、こちらも朝と変わらない風景が目に映る。

 

 そのまま、なんとも形容できない違和感を抱えながら暫くしてからだ


「あぁ…… そっか……」

道のりを半分くらい過ぎた時、やっと周囲の違和感を上手く咀嚼することが出来た。

 

「……なんで誰も居ないんだ」

ここは山に囲まれた田舎でも、絶海の孤島でもない、普通に大都市の近郊都市。なのに人っ子一人いないのはおかしい。その違和感にやっと気が付くことが出来た。



「何か避難警報とか出てないっけ……」

 思わず自転車を止め、最初に確認したのは携帯だった。もしかしたら気が付かないうちに避難警報とかが出ているのではないか、そんな間抜けな結末だったらいいなと思いを馳せながら画面を操作する。――しかし、全国各地を見回してみても、どこにもそんな警報は一切発令されていなかった。頭で分かっていても、実際にそうだと改めて事実を突きつけられると肩を落とさずにはいられない。

 

「……なら、次は位置情報とか時間とか調べるか」

 ここまできたら、とことんまで非日常ファンタジーを疑うしかない。自分でも気が付いていないうちに似てるようで全く違う別世界にでも飛ばされた可能性を疑おうと、再び端末を操作する。電話アプリを開き「117」を入力する。携帯会社のサービスでこの番号に電話をかけると、時報を聞くことが出来る。


 コール音がなり、自分の心臓が早鐘打っているのが判った。もし電話が繋がらなかったら――

 

『現在、時刻は、八月一六日、午後四時三二分、となっています』

 

――学校を出た時刻から逆算したとき、大体それくらいの時間になるだろう。一応電波時計である腕時計にも目を落とすが、同じ時刻が表示されていた。

ならばもう一個の方をやるだけだ。GPS機能をONにして、自分の現在位置を特定する。読み込み中の間、現在地の特定が終わるのを今か今かと画面を凝視した。


 ピロン。通知音が響き、地球儀だったマップ画面がどんどん拡大していく。そのまま拡大を続け――

『現在地は、××県、××市です』

 近くの電柱に刻まれた住所も同じで、勿論自分も何度も通って聞いたことがある場所だった。


「どうしよっか……」

 思いつく限りの手は全部出してしまった。これ以上一般人高校生である自分に、何かできることはあるのだろうか。そもそも、たまたまこういう日があっただけなんじゃないのか。ただただ自分の早とちりだったのではないか。そう考えると、自分の行動がただの中二病そのもので、一度自覚してしまえば、顔がトマトの様に赤くなっていくのが判る。あわてて自転車を止めた場所に戻り、勢いよく飛び乗って家路を目指した。


 再び自転車を漕ぎだして、家まであと数分となったとき、未だに車どころか人一人さえ見ていないことが、気になりだしてしまう。そもそもこんな消化不良で残ってしまうのは、奥歯に何かが挟まったような、掃除が終わった後に埃が残っていたような、そんな心残りがあった。


「あ、そうだ!」

家の近くにはすっかり足を運んでいないけれども、商店街があることを思い出した。半分近くがシャッターで埋まってしまってるとは言え、今でも活気は残っている。きっとそこになら人はいる筈。


 しかし、商店街は、今まで通ってきた道と同じく、誰も居なかった。


「はぁ……」

人生の中でも、恐らく、一番深いため息をついた。あちこち走り回り、結局何も無かった徒労感というのは案外大変なんだなと、他人事ながら、コンペでボツになる会社員の気持ちが少しわかった気がした。流石にもう諦めよう、そう考えていた時に、以前は見かけたことが無い、アイスの自動販売機が目の前に鎮座していることに気が付いた。


「――なんかムカつくし、買うか」

散々走り回り、散財したい衝動を発散するのには丁度良さそうだと、狙いを定める。だが品揃えがあまり良くないうえ、殆どの商品が売り切れだった。しっかりと補充してくれと文句を言いたくなる気持ちを抑えながら金を投入し、バニラアイスのボタンを押した。


「それ、食えばみんな帰ってくるよ」

「――え?」

誰の声か分からない、だが、確かに自分の耳にはそう聞こえた。一瞬何か進展があると思ったが、冷静になり、遂に幻聴まで聞こえるようになってしまったかと、頭を抱えてしまう。

 ボトン。アイスが落下する音が聞こえ、取り出し口に手を突っ込み、乱暴に封を剥がす。


一口食べ、程よく冷えたバニラが口一杯に広がる。この甘さがあれば、もうさっきまでの出来事はどうでもよくなってきてしまう。あっと言う間に食べ終わり、近くのごみ箱を探し、振り返った。


「本当じゃん……」

 振り返ったそこには、人が何人も歩いている、活気のある商店街が戻っていた。


 

 あれは一体何だったんだろう。口元に少しだけ付いたアイスを舌で拭いながら、さっきまでの出来事はなんだったんだろうと頭を悩ませることになった。

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