魔術書
「部屋の本が減ってるんだけど、持ち出したなら仕舞ってくれ」
久しぶりに家へと帰り、すっかり埃が積もった自室の本棚を見る。すると、以前見た時より比べて明らかに覚えのない隙間がチラホラとできていた。同居人は少しずぼらな所があるので、気が付いたらフォローするようにしていたが、あまり成長してもいないと感じると、少し悲しい気持ちになる。
「え、知らねぇぞ? お前が持って行っていたんじゃねえのか?」
しかし、帰ってきた答えは、自分の予想とは全く異なるモノだった。その時、嫌な汗が流れたような気がした。
「そんなわけないだろう。『無名祭祀書』と『妖蛆の秘密』の秘密の二冊だぞ」
ただのど忘れであってくれ。そう至高の方々に祈る気持ちで題名を呟くと、皿を拭いていた手が止まった。
「嘘だろ……なおさら俺が持ち出すわけないだろ!?」
「その反応は……おい、こっちが嘘って言いてえよ……」
音が消えた中、絞り出したその答えによって、互いの顔が見る見る青くなっていくのが判る。無理もない、どちらも悪用されれば地球どころか外宇宙にさえも影響が出てしまう。そうなれば、二人の活動が失敗するだけでは済まずに、至高の方々から何をされるかわかったもんじゃない。
「いつから俺の本棚に触ってないんだ!?」
「アンタがここにいない間は一切触れてない! 危険だと身に染みてるからな!」
「と、とりあえず、家をひっくり返してでも探すぞ!」
「そこから魔力の残滓とかを探ろう!」
互いに背中に羽を生やし、宙に浮く。便利な能力だが、羽が大きすぎて家の中では取り回しが悪く、かといって外に出て、一目でも人間が見てしまえば失神や嘔吐で済めばいい物の、発狂して手が付けられなくなってしまう場合があるため、使い勝手が悪い代物だ。しかし非常事態の今は、そんなこと言ってられない。二人はすぐさま飛び出した。
「――取りあえず、家から探さなければ……」
口を複製し、体中に唇を出現させる。そして、それぞれが同時に、異なる一節を詠唱する。
詠唱短縮、彼にしか再現できない特技であり、コレを持って実力を示し、この地球へと派遣されたのだ。
『物体よ、浮け!』
その言葉に呼応し、二人の住居が文字通り浮かび上がる。
「急げ! あまりこの魔術は長持ちしないぞ!」
「知ってる! 『魔力よ! 色付け!』」
魔術の効果はすぐに訪れた。空に浮かぶ物の魔力を検知するこの魔術には、範囲内に完治した魔力を包含するものを正確に見分けることが出来る。そしてひとつずつ、丁寧に仕分けていく。
「いつまでかかるんだ! もう限界だぞ!」
「あと30秒持たせて! 全然見つけられん!」
その時、空から、ひびが入った音がした。
「え……」
「まじか……」
全身に嫌な予感が貫き、無意識のうちに作業の手を止め、上を見た。
二人は、その魔術を知っていた。そしてもう隠蔽できないところまできていると分かり、思わず魔術の手が緩まる。轟音を立てて建物が地面へと落下した。
ガラス窓の様に割れた空の裂け目から、ナニカが漏れてくる。それは非常に小さく、けれど無数な数が群れを形成する。
「ねぇマズイ! マズすぎる!」
「あぁ……誰かが魔術起動したみたいだ! 儀式の準備に何十年かかると思っているんだよ!」
「――もしかして、あの本盗んだのは、結構力を持つ教団なんかか!?」
「そうなるな、すると銀の黄昏や、星の智慧派あたりか……連中、中々鮮やかな手腕だな……」
すっかり感心している彼の口調は、心底イライラさせられる。もしこの失態がバレたら、即座に殺されてマシとかいう結末なのに、どうして彼はこんなに余裕綽綽なのだろうか。
「どうすんだよ! 俺達この後どう動けばいいんだ!」
「落ち着け、まずはこれの術者を突き止めて息の根を止めなければいけない。そうすれば多少は収まるだろ」
「”多少は収まる”!? 何呑気な事言ってんだ! あれは外宇宙から怪物を呼び寄せる呪文だ! 一度行使されたら簡単には止まらねぇし、止めることが出来たとしても隠蔽工作なんか追いつかねぇぞ!」
「そんなこと初めて聞いたぞ! 俺はてっきり術者を殺せば止まると思ってたが、一体いつ知ったんだよ!」
その時、まくし立てていた口が結ばれたように止まった。
――何かやましいことがあるときの癖だ。
「おい……何を隠しているんだ……言えよ」
「じ、じつは……ちょっと知り合いにこの魔術書を見せまして……助言を貰って……」
「それが原因じゃねえか!」
「まぁ、最悪の場合、家にある時間遡行機で、過去に戻ればいいじゃん!」
使ったのはバレるけど、そう付け足すが、素早く事態を収めるにはそれしか方法はなさそうだった。だがその時、脳裏に嫌なことがよぎる。
「――あのさ、さっき家をひっくり返したとき……お前機械を避難させたのか」
「……あ」
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