分岐前セーブ

『コノサキニ、テキガイルヨウダ。セーブシマスカ Yes/No』

「はい、セーブっと」

 ゲームで壊れかけの橋を修復するイベントをこなし、橋の通行権を得たその時、いきなり空から十字架の墓石のようなものが降ってきて、そんな文言が画面上に表示された。そして、橋の奥には明らかに主人公以上の大きさの影がチラリと見え隠れする。ここで、セーブをしないゲーマーがいたとしたら、相当な自信家か、モグリだろう。勿論自分はただの一般人だから、何の躊躇もせずセーブをする。



『テキガ、アラワレタ!』『KISYAAAAA!』

 読み通りボス戦に突入し、影から虫型の中ボスが現れた。見た目は非常に気持ちが悪くインパクトはすさまじい。しかしその時、全くの初見作品を遊んでいるはずなのに、背景に表示された絵にどこか既視感を覚える。そう、既に目撃したことがあるかのようなデジャブを。


 このゲームの発売日はテレビゲーム黎明期に発売された30年物の作品だ。もしかしたら、何か最近発売された作品の元ネタになったのかもしれない。


『GUAAAAAA!』『テキヲ、タオシタ!』

 そんな考えを巡らせているうちに進めていたボス戦は勝利のファンファーレが鳴り響き、勝利を告げる。パターンさえ見極めれば単純で、簡単な敵だった。


 正直なところ、このゲームは非常につまらなかった。子供だましを疑うほどに、退屈で、単調なゲームだった。いくら中古屋で10円で仕入れ、偶然にもハードを持っていたからと購入したのも失敗だったようだ。ボスを倒したことで、橋の先に罹っていた靄も晴れ、先へ進むことが出来る。


 ――次の町でセーブして終わろう。

 しかし、その目論見は、失敗に終わった。

『フシギナチカラデ、トキガモドッタ!』

「は……?」

 余りの唐突さな宣言に、思わず悪態をついてしまった。そしてその宣言通り、気が付けば自分が操作していた主人公が、橋を渡る前の位置に戻されていた。

 この作品はファンタジーを下敷きにした作品ではなく、西洋や戦国時代のリアルよりの下地が根底にあった。だが、今になって突然『不思議な力』といって時を戻すのは不自然極まりない。


――もしや、改造品を掴まされたのか?


 買った店主の顔を思い出しても、覇気が乏しく、簡単に騙されそうな人、そんな人だった筈だ。ならば、偽物を掴まされる位はあるだろう。脇に置いて、使用を縛っていたスマホに電源を入れ、素早くゲーム内容の攻略サイトを検索する。


「えぇ……まじで言ってんのか」

 なんと、こんなちゃぶ台を返すような発言は、正規のストーリーであるらしい。そのゲームを作成した開発者が語られたインタビュー記事に「フラグを立てないと永遠にストーリーを進めることは出来ない」としっかり書かれていた。ストーリーをスキップする機能は付いておらず、あまり時間をかけずにこのゲームを遊んでいたため、会話ウィンドウが出てきたらボタンを連打して回避してしまっていたため、どんなフラグが立っていないのかわかるもんじゃない。

「どうすればいいんだろう……」

 十字架の墓石の前で、自分は途方に暮れてしまっていた。


 結局頼ったのは、文明の利器のスマホだった。あまりこういった行為はしたくはないが、ストーリーが止まってしまうのは話が変わってくる。恥を忍んで、タイトルバーに今遊んでいるタイトルと、攻略Wikiを探すことにした。


 結果として、フラグを立てる条件とは『ボス戦の前のセーブポイントを使用しないこと』らしかった。つまり、ボス戦で一度負けてしまえば、遠くのセーブ地点から一回毎に移動をしなければいけないらしい。難易度自体は高くはないが、それでも一度死ぬ度に面倒なロスタイムが発生してしまう。余裕だといって掛からないほうがよさそうだった。


『GUAAAAAA!』『テキヲ、タオシタ!』


「…………。」

 メッセージは表示されなかった。頼ったのがネットの力だったことはポリシーに反したが、一区切りついたことへの達成感が勝った。中々意欲作だったと評価を改め、ゲームの電源を落として、外に買い物に行く準備をしなければならない。

 


「うーん、霧かぁ……」

 扉を開けた時の真っ先の感想がそれだった。ゲームの中でも霧の中にいたのに、代わり映えのない天気で寂しくなる。そのままスーパーへ向かって歩き出そうとしたときだった。

「あ……」

 そうだ、なんで気が付かなかった何だろう。この既視感の正体を。

 のだ。


 もしかして、ゲームの開発者はここらへんの地理を使ったのかもしれない。それならば似るなと納得したとき、上から何か音が聞こえてくる。

 

 そのまま、ゲームを再現するがごとく、空から十字架の墓石が降ってきた。


「……取りあえず、自分は、別のセーブポイント探さなきゃいけないらしい」

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