天邪鬼は真っ白
「……あれ?」
ふと、目が覚めた。あたりを見渡せば、壁も、天井も、何もかもが真っ白で染められた空間に自分は座っていた。
「どこだ、ここ……」
真っ先に思いついたのが、何かのドッキリだ。自分が慌てふためく様子を、隠されたカメラか何かを使って笑っているのではないかと。そして、頃合いを見計らってネタバラシをして楽しむ。そういう悪戯を仕掛けようとする通人の顔は頭の中で容易にいくつも浮かびあがった。
そこまで考えを巡らせ、彼らの思い通りに行くのは癪に触るなと行きついた。ならば、目論見を超えてやって、脱出してしまおう。立ち上がろうとしたその時、足を縫い付けるような衝撃が足首あたりに走った。
「痛ったあ!」
勇んで勢いよく立とうとしたため、立ち上がるどころか、頭から転んでしまった。顎をしたたかにぶつけ、思わず声が漏れる。彼らの取れ高を作ってしまったことに、内心で悪態をつきたくなる。しかし、縛りつけた原因を確認しようとしたところで、その言葉を自然と引っ込んだ。
視線の先の自分の足元には、真っ白な床に真っ黒な杭が突き刺さっていた。そして、その杭を通る様に、自分の右足に、鎖が繋がれていた。
足を上下に動かし、鎖が解けるか、杭が壊れないかを確かめる。しかし返ってくる衝撃は、少なくとも道具無しでは太刀打ちできるほど甘いものではなさそうというものだった。これでは、この場から動ける筈がない。
「大人しくしとけ、ってことだよな」
掛け時計でもないかとあたりを見渡すが、やはりそこには白一色しか存在しない空間だった。どれくらい待てばいいのだろうか。長い耐久が始まったような気がした。
恐らく、「まいった」とでも言えばあっさりと自分を解放しそうな気がするが、しかし、それではあいつらが調子に乗るだけだと思うと、癪に触る。徹底的に待って待って、あいつらを待ちぼうけにさせてやろうと決めた。
「――っ、んあ?」
しかし、気が付けば自分は寝てしまっていたようだ。半開きに開いた口がパサパサに乾いたことで、そこそこの時間が過ぎているのだろうとあたりをつけた。
「特に変わった様子もなし、か」
改めて周囲を見回しても、変化した部分を見つける事は出来なかった。徐々に自分が、白い空間に取り残された異物の様な感じがして気味が悪い。
「俺の負けで良いから! さっさと出せ!」
降参、そう両手を掲げながら、大声で叫んだ。これ以上付き合っても負ける気しかしなかった。
――しかし、いつまでたっても、何も起こらなかった。 ここにきて、初めて自分が誘拐されたのではないかという疑惑が生まれる。友人たちは、確かに悪戯を好むが、それでも最低限度は弁えている。
「……嘘だろおい」
足の鎖を外そうと、強く引っ張る。両手も使って、杭から引き抜こうと力を込める。
「外れろ」
より一層、指の爪に至るまで力を込める。
「外れろって」
爪の隙間から、血が滴るのも無視して鎖を引っ張る。
「いいから外れろ!」
今までの人生の中でも、一番大きな声を出しながら鎖をあらん限りの力を込めて引っ張った。しかし、杭も鎖も、ピクリとも動かなかった。
「どうしろって言うんだよ……」
この場所から動くこともできない。そもそも、この場所が何の場所かすらも判っていない。目的さえも知らない自分に、もう打つ手は無いように思えた。
「このまま鎖に繋がれて息絶えるのが夢だったんだよ、めっちゃ感謝してるわ」
自嘲気味に、目の前の空間に聞かせるように呟いた。このまま死に行くような自分に、恨み言を吐くくらいの権利はある筈だ。しかし、それは思わぬ効果を生んだ。自分の足元からガチャリと、何かが開いた音がした。
「ん……」
足元を見れば、何故か杭と鎖が外れていた。あれほど力を込めて引っ張っても、ピクリとも動かなかったのに、突如として縛めが解けた理由が、全く思いつかない。だが、困惑とは裏腹に、自分は開放感に包まれた。異物が取り除かれた足はとても軽く、どこまでも行けそうだった。
「自由……最高だな」
ひとまず違和感は放っておこう。今はこのことを喜ぶべきだ。そうやって噛みしめるように呟いた次の瞬間、今度は、何もなかった壁から突如として穴が無数に開き、中から大量の鎖が伸びてくる。
「は――」
今度は、先ほどとは真逆に全身を鎖で縛られた。腕や脚を始めとして、指先や首に至るまで隙間もなく拘束され、息が苦しくなる。
「おい! ふざけんじゃねえぞ!」
梯子を突如として外され、怒りが爆発する。鎖に繋がれたことに感謝をすれば鎖が外れ、自由を喜べば一ミリたりとも動けなくなった。まるで矛盾してるでは――
「本気で言ってんのか、これ」
思い至った一つの仮説は、馬鹿らしいと一蹴したくもなる。だが、この拘束をすぐにでも解かなければ、酸欠で本当に終わってしまう。なんとか残った空気を集め、振り絞る様に呟いた。
「……このまま、一生ここで、暮らしてたい、なぁ……」
その言葉を呟いた瞬間、眩い光に包まれた。
「――はっ⁉」
気が付けば、自分は布団の上にいた。慌てて首を確認しても、そこには鎖は巻き付かれていなかった。
「『口に出した望みは叶わない場所』ってことなのか」
あれは夢だったのだろうか、それは分からない。ただ、あの時苦しんだ痛みは、本当だったのだろうと、無意識のうちに首を抑えながらそう感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます