宇宙で一番正確な掛け時計
「お前に便利な物を授けよう」
目の前にいた、無精髭を蓄え、白い法衣を纏ったお爺さんに突然そう告げられた。
「どんなものです?」
見渡す限り金色の平野が広がり、複数の太陽が自分たちを照らしている中、何故か口からでたのは、その便利な物の詳細を問う事だった。
「それは使い方によってはお前の運命をも変えることになるだろう」
返ってきた言葉は、煙に巻くようで、全く要領を掴むことが出来ない。
「せめて、どんな見た目をしてるか! それを教えてくれないと見つけられません!」
「それは一目見ればわかるだろう。よく活用せよ」
「ちょっと――」
自分の口からその言葉を言い切ることはついぞできなかった。足元に突然穴が開き、地面に吸い込まれるように落下していった。
ピピピ、ピピピ。
頭上から、アラームの音が鳴り響く。ぼんやりとした頭の中で、布団から鷹揚に手が伸びる。何度かトライしたあと、ようやく目覚まし時計を止めることに成功する。二度寝を――
「……夢か今の」
いつもは夢で見た内容など、あっと言う間に忘れてしまう。だが、さっきまで見ていた夢は、今まで見たものとは明確に違うような気がした。まだ夢が抜けきっていないのかもしれない。だが、一度抱いてしまった違和感を残すとしたら、それは不完全燃焼な二度寝になるだろう。布団から立ち上がり、真っ先にそれを見た時に、何が与えられたのかは良く分かった。
「――掛け時計かぁ」
そこには、今まで見たこともない掛け時計が鎮座していた。
「触って確かめるべきなのか……それとも放置しておけばいいのか……」
一瞥して感想は、良く言えば洗練され機能美として美しい、悪く言うならば飾り気がなく質素、そんなところだろうか。
今まで使っていた掛け時計の行方も気になるが、普段使いする分には、なんの問題もないだろう。だが、それ以上に隠された機能か何かがあるのではないか、運命をも変えることが出来るというのは何なのか、内なる好奇心が溢れそうだった。
「……何か起きるまで放置しておこう」
結論として、下手な事をして夢に出てきた謎のお爺さんに雷を落とされることを想像して、尻込みしてしまった。もし動かなくなってしまったら、その時は電池を入れ替えるなり、そもそも時計を買い替えるなりすればいいのではないかと思い至った。
一応、何かしらが起きるたびに掛け時計をチェックしてみた。家を出る時間や、待ち合わせの時間、地震のような天災が起こったときも、何かが変わるかもしれないと、凝視することを忘れたことは無かった。だが、何も変化は起きず、徐々に自分は、掛け時計から関心を失っていた。
気が付けば、放置してから3年が経過していた。そして、その日に前触れは無かった。
「どうだ、あの日以降何かを得る事は出来たか」
ここが夢の中だと気が付くには、大分時間を要してしまった。以前あった場所が安寧を体現している平穏だとすれば、今自分とお爺さんが立っている場所は、憤怒を表しているといって良いだろう。背後や周辺で断続的に湧き上がる溶岩を横目に見ながら感じた。
――怒っている。それも激怒している。
言葉を間違えれば、
「勿論です、人生において新たな気付きを得ることが出来ました」
「そうかそうか、ならばよい」
だが、さしたる追及もなく様子見に放った嘘に、張り詰めた空気は一瞬で弛緩し、お爺さんは満足げに頷いた。そのあまりの変わりように、思わず自分がよろけてしまいそうになる。もしかして、怒っていると感じたのは自分の思い過ごしだったのだろうか。
「……なにか他の要件があるのではないのですか?」
「いや、無い。もしや、やましいことを隠しているのではないな!?」
「ち、違います! 貴方の様な人物が自分一人の為に対話を持ってくれるなど、何か特筆すべき理由があるのかと存じまして!」
怒ってはいなくとも、自分の思い通りにならないと不機嫌になる人物だということはよく分かった。またしても急変した口調や雰囲気に押されて、慌てて言い訳を重ねた。最近読んだ小説の口調を参考にしたから、意味が間違っている部分があるだろうが、咄嗟にしてはそれらしい返答が出来たと思う。
「お主と対話を持つのは、時刻を広める者としての義務である。気にする必要はない」
「ありがとう存じます」
「これより先は不定期に会話の場を持とう。では今回は
それ以来、宣言通りの不定期に呼び出されるようになった。例えテストの前日だろうと、初夜を迎えた後だろうと、両親の葬儀を終えた後だろうと関係なく「役に立ったか」と問うのだ。「気付きを得た」と返事をすれば満足するが、それでもこの遭遇は、確実に自分の寿命を縮めているように感じる。
結局、自分が生きてある間、掛け時計が現れた意味をついぞ見出すことは出来なかった。一体何だったのだろう。今際の際にも、時計を見た自分は自嘲気に笑った。
天に昇る最中、お爺さんの声が聞こえた。
宇宙で最も正確な時計は良いものだっただろう。時間の概念すらない時代からあるモノなのだから、お主の為になったはずだ。
――本当にあれは、ただの時計だったらしい。全身から力が抜け、心なしか魂が天に昇る速度が速くなった気がした。
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