そのAIは受け止めたくない

 好きな人が出来ると、世界が明るく見えるというのは本当なんだと思う。自分は学校ですれ違ったその人を、穴が開く程見つめながら強く実感した。

「ってわけでさ、やっぱ今日はカラオケ行かね?」

「そうだな――って、おい聞いてんのか?」

 お昼休み、机をくっつけながら友人と共に弁当を食べながら放課後の予定を決めようとしている時も、自分一人は上の空だった。それを見かねた友人の一人が話しかけてきた。

「――好きだ」

「……いきなりどうした?」

 だが、恋という熱病に侵された自分には、その言葉は届かず、友を困惑する結果になった。


「実はさ、好きな人が出来た」

「マジで!?」

「おぉ、おめっとさん。相手は誰?」

 誰かと聞かれて、口ごもってしまう。そう言えば、あの人の名前どころか、どの学年の、どのクラスにいるかも自分は知らないことに気が付く。

「まさか、何も知らねぇのか」

「一目惚れ、ガキっぽいお前には、ある意味お似合いだけどさ」

 二人は呆れたように呟く。確かに、この恋は無謀だろうということは自分が一番よく分かっている。だが――

「……好きになっちまったんだよ」

 この思いは、どうにも止められそうになかった。


 だが、神はいるのか、彼女とはすぐに接点が出来た。


「あっ――」

 クラス全体を巻き込んだじゃんけん大会に、一回目で敗北するという悲しい事件を経て、文化祭実行委員に任命された自分は、重い足取りで会議する場所に来ていた。時計を見ると、少し早い時間だったが、やり場のない憤りを解消させようと、強めに扉を開ける。

「わっ!」

 ガタンと、かなり大きな音を立て扉を開けた先に、彼女はいた。大きな音に驚いたのだろう、自分が開けた扉の方向を目を見開いていた彼女と自然と目が合った。

「す、すいません」

 ――終わった。それだけが頭の中をぐるぐると渦巻いていていた。こんなことならば、丁寧に開ければよかった……そうすれば、少なくとも第一印象はもう少しましで、そこから雑談につなげられたかもしれないのに。後悔が止まらなかった。

 

「その扉堅いですよね。私も結構力を込めて開けたことすっかり忘れて、驚いちゃいました」

 どうやら、首の薄皮一枚、繋がったようだった。


 そのまま自分は、事前に友人とシミュレーションしていた彼女と雑談を始めた。彼女は、一つ上の学年の先輩にあたる人物だった。そしてあみだくじで当たりを引いたせいで、実行委員を押し付けられたということで、境遇が同じという事で話が少し盛り上がる。

 

――無用の長物になると馬鹿にしていたが、事前に友人と想定しなければ、ここまで会話が盛り上がることも、そもそも話しかける勇気すら出なかっただろうから、彼らには後でアイスでも奢らなければならない。


 そうして、自分と彼女は実行委員会を通じて、少しずつ交友を深める事ができた。実行委員長が部活の先輩だったので、なんとか頼み込み同じ班に配属してもらい、彼女との距離を少しずつ詰めていった。だが、今までモテたことが無い男が考えた会話やセンスは、どうしてもボロが出てしまう。休日に一緒に校外へ買い出しに行く機会があったときも、同行者全員から服のセンスを彼女も含めて盛大に笑われたりもした。


「――どうすりゃいいんだろ……」

 この恋は駄目なんじゃないかと、彼女の興味がありそうなことをスマホで一生懸命調べながら、つい弱気になってしまう。その時、いつもは鬱陶しいと思うバナー広告に、気になる文字を見つけた。

「……AIモテサポート?」

 タップして詳細を表示すると、最近流行りのAIが、様々な質問や自撮り写真から、モテるための秘訣を教えてくれるらしい。そういえば今日学校に行くときに乗った電車にも似たような広告があったことを思い出す。気が付けば、藁にも縋る思いでアプリをインストールしていた。

 

「人格解析ノタメ質問ニ解答シテクダサイ」「服装アドバイスノタメ、顔写真ヲ送ッテクダサイ」「アナタノ声ヲ録音シテ」

 

 AIから浴びせられる、ありえない量の要望や質問に歯を食いしばりながらも一つずつ答えていった。普段だったらここまで突っ込んだ質問をするアプリなど即座にアンインスト―ルするのだが、彼女に振り向いてもらいたい一心の恋心で、ひたすらAIの要望に応えた。


 やっとの思いでセッティングが終わり、AIを起動した。


 

 効果は絶大だった。


 自分の喋り方の癖が人によっては不快になるらしく、徹底的な発生トレーニングによって話し方を変えた。かっこいい髪型にするため、ワックスのつけ方を知った。それに似合う、ファッションリストを購入した。

 全て、AIのお陰で、自分に自信すら付くようになった。



 

「好きです、付き合ってくれないかな」

 告白した日は、文化祭の初日だった。さりげなく一目のつかない場所に彼女を誘導し、AIに教えてもらったお墨付きの告白の言葉を告げる。適当な女子に数人かけてみたが、成功率一〇〇%の言葉だ。絶対に成功するという確信の元、さしたる緊張もなかった。


「ごめんなさい、無理です」

「――え」

 だが、返ってきたのは拒絶だった。


「貴方は最初の内は、どこか自信が無く常に必死でした」


「私は、その姿が好きでした。けど、貴方はもう変わってしまった」


「確かに、貴方の外見を良いと評する人は多いでしょう。でも、それは貴方ではなく、AIによってつくられた誰かです」


「私が好きなのは、AIではなく、貴方なのですから」


 そういって、彼女は自分の前から姿を消した。なぜ、どうして。理由が自分にはわからなかった。


 

「AI、何がダメだったか教えてくれ」

「ハイ、ワカリマシタ」


 誰も居ない場所に、無機質な声が響いた。

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