あのヒーローはいない
「君達! 怪我はないか!?」
「うん! ヒーローが助けてくれたんだ!」
「……それはよかった」
怪人によって襲撃を受けた街があった。建物は怪人の攻撃を受けて崩れ、道路は足を置く場所さえ探すのが難しく、瓦礫に下敷きになった市民が口々に助けを求める。
だが、この街の市民は決して屈してはいなかった。なぜか。それはこの街にヒーローがいるからだ。例えどんな状況になったとしても、どれだけ自分たちが苦しくても、最後にはヒーローが解決してくれるから。だから、市民は諦めなかった。
「ヒーロー! 助けてくれ!」
「俺達のヒーロー! 来てくれ!」
ヒーロー、ヒーロー、ヒーロー。
哀れな市民は、その時を、ひたすら耐えた。
「「「我ら! 正義戦隊ジャスティス!!」」」
そして、その時は来た。
「冷静に、全てを見通すように! ジャスティスブルー! 参上!」
「博愛に、全てを守るために! ジャスティスイエロー! 参上!」
「剛直に、全てを倒すために! ジャスティスグリーン! 参上!」
この口上は、この街に住む人間なら誰しもが聞いたことがある。文字通り正義を掲げ、市民を守るヒーローは、この街の、いや、この国の人気者だった。
「な、何! もう来たのか!?」
怪獣の声は悲鳴に変わり、民衆の声は歓声へと入れ替わり、絶望を叫ぶ声は応援にあっという間に鞍替えた。これでもう安心で、全てが解決してしまう。市民は誰しもが安堵する。
「――っ……」
しかし、この街に一人、そんなヒーローを複雑な感情で見つめていたものがいた。
彼の名は、もう市民には忘れ去られていたが。
過去に犯した過ち、それもすれ違いが重なった不幸な事故。全てを救うといった言葉は傲慢で嘯いていただけだったと、気付かされたその日、彼はヒーローとしては死んでしまった。
彼は、昔ジャスティスレッドと名乗った、ヒーロー団のリーダーだった。困っている人を助けることが出来ると、謎のアイテムを渡され、己の命が危機に迫ったとき咄嗟にそのアイテムに手を伸ばし、命を救われ、その恩返しとしてヒーローとして活動を始めた。だが、レッドは初めのうちこそ、そこまで真剣に取り組んでいなかった。ひとえに、報酬が存在しない無償の奉仕だったことが主な原因だった。天災から市民を身を挺して庇い、襲い来る怪人と命のやりとりをしながら撃退する。そんな役目を誰が負いたいんだと、日々レッドはブルーやグリーンに愚痴をこぼしていた。だが、そんな彼を変えたのは、単純な言葉だった。
「ジャスティスレッド! いつもありがとう!」
その日も仕方なく、怪人の脅威から街を守った後始末をしようと現場作業に駆り出されていた時に、ジャスティスレッドのTシャツを着た少年から、かけられた言葉だった。だが、その言葉はジャスティスレッドの心に深く染みた。
その日以来、彼は感謝の気持ちを燃料にヒーローとして活動しだした。
すると、今まで見えてこなかったものが見えるようになった。それまで惰性で、無感情に排除していた方法では、不必要な損害が出てしまうと。
そもそも怪人の目的は争うばかりでは無かったと。今まで見えていたものは、無意識に自分の見たいものだけを見ていたのだと痛感させれた。
――だが、それは隙を生み出した。致命的だった。
「レッドォォォォ! 今日こそ手前ェに勝ちに来たぞ!」
「もっと人がいないところでやるぞ! 怪人エビル!」
その日、レッドの下へ、力試しがしたいと言いながら表れ、幾度も勝負を挑んで勝ち負けを繰り返し、時には天災を共に撃退したりと、すっかり仲間意識が湧いている怪人エビルが街に来ていた時の事だった。彼を誰も居ないような森へ誘導していたとき、それは起こった。
「――むぅ!?」
「地震か!?」
大地が咆哮をあげるかのように、地面が軋み揺れ始めた。二人はそのビルよりも大きい巨体で立つことは難しく、あっさりと地面へと座り込む。
「うわああああああ!」
「助けてくれええええ!」
振り返れば、いつも守ってきた街の建物が、いくつも倒れている光景が目に映った。
「――行かなければ!」
「駄目だ!」
駆けだそうとしたレッドを止めたのは、他ならない怪人エビルだった。
「何をする! 私はヒーローなんだぞ!?」
「この揺れの中でまともに立てないやつが、一歩も転ばずに走り出せるのか!? 一度転べば、そこに偶然いた市民を、踏み潰すかもしれないんだぞ!」
指摘は図星だった。確かに、このままいっても戦力になれる保証はどこにもなかった。
「――だが、私はヒーローだ! 行かなければ!」
「おい!」
怪人エビルの声を無視して、レッドは走り出した。
だが、現実はそう上手くいかず、数歩踏み出したところで、地面に落ちていた何かを踏んで、その場に転んだ。砂煙が一気に巻き上げられ、ゴホゴホと咳込みながら、何を踏んだのかを一瞥した。
「――あ」
そこには、赤い血だまりが出来ていた。
最悪の想像が頭によぎる。もしかして、俺は……
その答えが出る前に、目の前へ、一枚の服がひらひらと浮かぶ。先ほど転んだときに、煙と一緒に巻き上がったのだろう。
その服は、ジャスティスレッドの顔が印刷された、Tシャツだった。
そして、見覚えのある位置に、己のサインが書かれていた。
――僕、ジャスティスレッドみたいなカッコいいヒーローになる! そう屈託のない笑顔を浮かべた、ほんの少し昔に、自分をヒーローの道に導いてくれた少年の顔が、頭に浮かんだ。
その日以来、ジャスティスレッドは消えた。ブルーやほかのメンバーは彼は、地震に巻き込まれて命を落としたと知らせをした。その事実に市民は酷く悲しんだ。だが、非情にも災害は待ってくれなかった。二週間もすれば、彼の存在は、置き去りにされていた。
「一体どこにいる! ジャスティスレッド! 俺はお前と勝負をするためにこの街に来たんだ! 早く出てこい腰抜け野郎が!」
怪人の声が街に響く。だが、響くだけで、届きはしなかった。
求めたヒーローは出てこない。
あのヒーローはいないんだ。
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