あの老婆の正体
「……どこまで自分を捨てれば気が済むの」
もう地図からも、記憶からも消え去った、誰も知らない廃墟の町で、二人は再開を果たした。彼女を一目見た時、以前よりも酷い風采を悪くしていた。きっと、初めて見た人は彼女をバケモノだと恐れるだろう。だが、私が目をそらす事は冒涜に他ならない。真っ直ぐと彼女の瞳を見つめた。
「自分の境界すらあやふやな自分に、その言葉をかけても何の意味も持たないよ……」
聞いたこともないガラガラの声で、ドロドロに溶けた手を振りながら、なんともないと取り繕うその顔に、胸の上を無意識のうちにぎゅっと握ってしまう。自分の無力を突き付けられた結果だとしても、悔しさで胸内が一杯になる。こんな姿にしてしまったのは、自分の性なんだと。
「ごめんね、話し相手に無意識のうちに呪いをかけてしまう体質になってたの忘れてた……」
誰にも話しかけられないからね、そう言って、呪いが発動してしまったのかと勘違いしたのか、縺←縺██薙は曖昧に笑いながら、私から距離を取ろうと一歩後ずさる。
元はなんでもない一般人に生まれ、それなりの生活を過ごしていた。だが、私と彼女は誰も、起きた事すら知らない世界滅亡の危機に立ち向かった。結果として彼女の、いや「縺←縺██薙」の自己犠牲によって、救われたのだ。彼女の名前は、代償の一つとして奪われてしまって知るものは、この世界には誰にもいない。語り継ぐことすらできなくなったその事実に、私は絶望を隠せなかった。自分は何も失わなかったのに。彼女だけ、なんでこんな仕打ちを受けなければいけないんだと。
――大丈夫だよ、貴女が私の事を覚えてくれてれば頑張れるから!
だが、そんな私を救ってくれたのは、世界を救ったのと同じように彼女だった。気丈に振舞ってるその姿を見て、地面ばかり見ているだけでは駄目だと気付かされた。
「で、なんでこんなところに来てたの? 用事なんてないでしょ?」
「……貴女を助ける手がかりが欲しくて、ここの話を耳に挟んだから」
「それでこんな辺境の僻地へ来たってこと? 貴女も私なんて見捨てちゃえばいいのに」
縺←縺██薙は呆れたように呟いた。だが、言葉の端は微かに上がっていて、内心では喜んでいるようだった。
「そういう縺←縺██薙は、どうしてここに?」
「――救ってほしいって、言われちゃってさ。だからここにきた」
「何を? そんな身体で何を差し出せるのさ」
全身を見回しても、声も、顔も、自己すら捨てた彼女にそんな部位はどこにも残っていない。なのに、彼女はまだ救いを求める手を取って、己を捧げようというのか。自分の目の前で、そんなことをさせるわけにはいかない。
「駄目だよ、今すぐこの町から出てって」
腰にさしたポーチから、ナイフを素早く抜き、縺←縺██薙に向かって構える。
「真っ先に訴えうのが、言葉じゃなくて武力になんて、変わっちゃったんだね……」
「そんなのどうでも良い、貴女がここを救うなんて絶対に認めないから」
その目は、覚悟を決めた目だった。そしてこうなった彼女は、てこでも動かないと縺←縺██薙も知っていた。だが、その言葉は彼女には届かなかった。
「ごめんね、もう手遅れって奴、かな」
縺←縺██薙が一歩踏み出す。すると、足元に大きな魔法陣が現れた。
「え――」
言葉を失っている間にも、どんどんと魔法陣は拡大していく。
「契約内容は単純。この町の名前をもう一度、知らしめたいってさ」
その言葉に、自分の顔が青ざめていくのがわかる。通常、世界と契約魔術を結ぶ時、支払う代償は等価にならなければいけない。永遠の命が欲しいなら、その分から誰かの寿命奪い、億万長者になりたいのなら、その分の金を誰かから徴収するように。
「貴女は、存在すら捧げるって言うの⁉」
縺←縺██薙の身体では、これ以上の契約は結べない。なら、捧げられるのはそれしかない。縺←縺██薙は肯定するように頷いた。
「私が貴女の事を忘れちゃったら、この恩はどうやって返せばいいの!」
その言葉に万感が籠った叫びだった。だが、縺←縺██薙はにこやかに笑う。
「大丈夫、私なんて忘れちゃっても、生きてけるよ」
「そんなわけない! 貴女の呪いを解いて! 元通りの生活を夢見てたのに!」
だが、その言葉は縺←縺██薙には届かなかった。
「あぁ、最後に会えてよかったよ――」
「ねぇ、待っ――」
言い切る前に、眼前の視界は魔法陣から
この街は、僻地にあるにしては、活気があることで有名だった。だが、そこに一人の異物がいた。
「この町は呪われている! 今すぐ出ていけ!」
今日もまた、頭のイカれてしまった婆さんが、街の中央で声高に叫んでいる。
「縺←縺██薙の事を知らずに、のうのうと生きてる奴なんて許せるわけがないんじゃ!」
その言葉は変わらず、誰にも届かない。その人は、あの時から、何も変わっていなかった。
「――お前たちも苦しみを味わえ!」
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