100に愛されてる
「では、そちらの体重計に乗ってください」
緊張の瞬間、無意識のうちにごくりと息を飲んだ。今日こそは、違う結果を出すんだと、数カ月前から絶食を繰り返した成果を発揮するんだと、慎重に一歩を踏み出す。
冷たい床が、足の裏を撫でるように刺激し、振れた針が定まるのを、じっと待つ。
「――はい、100kgだね」
しかし、結果は昨年とは全く変わらなかった。
私は呪いとしか呼べない何かに掛かっている。私という存在を数字を用いて定義する際、絶対に100にしかならないという呪いだ。意味が判らないと思うが、自分でもこの条件を理解した時、意味が判らなかった。だが、同時に今まで起きていた現象にすべて説明がついてしまった。
例えば身長、友人は164cmで、目線の高さも、背比べをした高さも、私と殆ど差異はない。しかし、実際に私の身長は誰が計測しようと、どんな機材を使おうと、100cmとして表示される。そして、周りも、それを平然と受け止めている。例え目の前で腰ほどしかない児童が90cmと言われようとも、私を見ても違和感は覚えない。例えば母子手帳、もしかしたら、幼いうちは普通だったのではないかと期待して覗き見たことがある。しかし、そこに変わらず身長は100.00cmだったと記載されている。
例えば体重、私の診断は100kgだ。例え164cmだろうと、100cmだろうと、この体重を抱えていた場合一瞥して太っている筈だ。だが、私は明らかに細身で、筋肉を鍛えていない友人にも、おんぶをされたことが何度もある位には軽いのだ。しかし、その体重に違和感を覚える者は私以外に誰も居ない。
例えば出席番号、クラスの人数が何人だろうが、私の番号は必ず100番だ。前後が12と14だろうが、9と11だろうが、関係ない。当たり前のように連番が無視されているのに、それに先生だろうと疑問を覚えやしない。
「――っは、はぁ……はぁ……」
「はい、お前の順位は100番だ」
初めてその違和感に気が付いたのは、学内で開催されたマラソン大会だった。自分の足の速さは、下から数えた方が早いくらいの運動神経だったが、学年の人数は確か80人もいなかったと思う。だから告げられた順位は、先生がからかっているのかと思っていた。
「もう先生、やめて下さいよ」
「ん? 俺は特にふざけていないが?」
「またまた、そんなこと言って~」
そんな感じに聞き流していたのだ。だが、風向きが変わったのは、次の生徒がゴールした時のことだった。
「はい、お前は61番」
「はぁ――って君に負けたのか……せめて100番は取りたかったな……」
その人物は、同じクラスの隣に席に座る男子だった。息をゼーハーと切らしながら悔しそうに言った順位は、先生と同じだった。
「だから、私は貴方の一個前なんだから60位でしょ? なんでみんなでからかうの?」
同じようなとぼけ方をして、私も苛立ってしまい、ついきつい口調で男子を問いただす。
「――お前は100位で、俺が61位だろ? 勝ったのに何を怒ってんの?」
男子のその言葉は、ふざけている様子は感じ取れず、理解が出来ないと言った風に困惑の色が滲み出ていた。その時、自分の身にもしかして何かが起きていたんじゃないかと自覚し始めた。
一度自覚してしまえば、今まで抱いていた取るに足らない違和感が膨れ上がっていく。順位を付けられる時、いつも100番と呼ばれている気がした。番号を振り分けられる時、必ず100を貰っていたような記憶がある。そういえば、あの時――
違和感同士が、パズルのピースの様に繋がっていき、今まで浮かび上がらなかった記憶の欠片が、一つになっていった。
「――ねぇお母さん! 私って順位をつけるなら何番⁉」
「そうねぇ……100番目に大事かな!」
母はそう言って、私をぎゅっと抱きしめた。
幼いころに母に聞いた記憶があった。当時は、その順位が理解できずに、ただ大きな数字であるという理由だけで、ただ喜べた。だがこうして思い返せばなんて残酷な会話なんだろう。
気づいてしまった違和感は、自分に疑念を孕ませる。
本当に、私は正しく評価されているのか。周りの認識を観察すれば、私に言及する数字が全て100になるだけで、事実自体は正しく評価されている。だが、それを確かめるすべはない。例え0点の犯罪を犯そうが、40点の回答をしようが、60番の順位を獲得しようが、80点の善行をしようが、それらは全て、100位になって、100番になって、100点になってしまうのだから。
「惜しいなぁ
テスト返しの時間、先生は残念そうに私の順位を発表する。あと少しだった、そんな呟きが口から漏れている。
100に呪われるのは、許してほしかった。
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