ヒト化ネコ科
「……ふにゃ⁉」
朝、顔を洗おうとして洗面所に赴いた時、鏡に映った己の顔を見て思わず変な声を上げてしまう。
「ど、どうにゃってんの⁉」
鏡面に映った光景が信じられずに、夢かどうかを確かめようと、頬を引っ張るために手を持ち上げるも、それが人の手を成していない事に気が付き、再び驚く。
手は皮膚が見えない程の体毛に覆われ、爪は肉を抉り取れるほど鋭利に、引っ張ろうとした耳は鼻の横ではなく、後頭部を左右に挟んで二つ、三角形に飛び出していた。
「――吾輩、猫になってるにゃぁ‼」
一人称も語尾もおかしくなっている事に、気付くことが出来ていなかった程、混乱していた。
「――ちょ、ちょっと! 吾輩の顔、見て欲しいにゃ!」
「どうした、朝から騒がしいな?」
リビングにどたばたと四足で駆けながら、起床している父に吾輩の異常を伝えようと走った。だが、リビングで寛ぐ父はコーヒーを片手にリラックスしていた。
「あのにゃ! そんな呑気なしてる場合じゃにゃい⁉」
「はぁ――って、おぉ、
「――ネコカ?」
今までの人生で、一度も聞かなかった言葉を当たり前のように使って説明する父に、多少の苛立ちはあったものの、この異変の元凶を説明してくれるならば多少の我慢はするべきだろう。自然と爪が引っ込める。
「――てか、あれ、言ってなかったっけ? お前今日から、朝起きたら猫になったり人に成ったりするぞ」
「――どういう事にゃ⁉」
事投げもなく聞かされた事実に、猫の声は驚いた甲高い声は、部屋に良く響いた。
結局、解決策はすぐに見つからないと言われて、吾輩は学校に来た。なんでこんな異常事態にどんな顔して行けばいいんだと、猫の能力も人としての力も最大限に使って抵抗した。だが――
「俺、猫アレルギーだからさ、早く学校行ってくれ」
その一言で、いつの間にか首を掴まれ、家の外につまみ出されていた。その扱いにまるで猫ではないかと、何度も扉を叩いて抗議の声を上げたが、ついぞ扉は開くことは無かった。
「あっはっは! お前、親御さんから聞いてたけど本当に猫になってるじゃん!」
この異常事態を取りあえず担任に見てもらおう、そうやって何とか隠れながら学校に辿り着いたときに強く実感した。電車に乗ったときの様な視線は、もうこりごりだ。
勇気を振り絞って職員室の扉を開けた時、扉の先で待ち構えていたかのように仁王立ちしていた先生は、吾輩の顔を一目みたら吹き出した。失礼極まりない対応だが、ひとまず見なかったことにした。
――それよりも、担任は気になることを口走っていた。
「父から何か聞いたんですかにゃ⁉」
「"にゃ"ってお前ベタだな――ってか、お前こそ聞いてないのか? 『娘が今日から猫っぽくなるかもしれません』って電話が来たんだよ」
「……全く聞いてなかったですにゃ……」
ただでさえ新事実に驚いているというのに、語尾の所為でふざけているようにしか見えない。
「まぁ、元気なら授業受けられんだろ。さっさと教室に行って準備しな」
「にゃ――」
「サボりは認めないからな」
ニヤっと笑った担任の顔を、力いっぱい引っ掻きたい思って、我慢した吾輩の自制心を誰かに褒めて欲しかった。
「おはようにゃ……」
出来るだけ目立たぬよう、出来る限り小さな声で挨拶をしながら扉を開けた。既に登校時間を少し過ぎているからか、教室の席は埋まっていた。クラスメイトの一斉に視線が向いたと思えば、その方向が徐々に頭の方向に向かっているのが手に取るように分かった。そして一様に疑問を持っているようだったが、みな困惑の色が勝っていた。だが、その中で一人立ち上がって、吾輩の下に近づいてきていた人がいた。
「――その頭どうしたの⁉」
「……猫になったにゃ」
近づいてきたのは、吾輩の友人だった。どうせ隠しても仕方がないことなのだから、吾輩は疑問に正直に答えた。
「語尾! にゃって言ってる! 本当に猫だ!」
「うっとおしいにゃ……」
「またにゃって言った! 可愛い~!」
だが友人は鼻から回答に興味は無かったのか、かなりの衝撃の告白を、能天気に受け止め吾輩の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくる。正直手付きは犬でも触るかのように乱雑で多少痛かった。だが、何よりも昨日までと変わらずに接してくれる存在が、今はひたすら有難かった。
「で、なんでそんなになっちゃったの?」
「朝起きたらこうなってたにゃ……」
ついでにこの語尾も、恥ずかしいから意識して言わないようにしようとしても、口が勝手に動いで言葉になってしまうのも辞めたかった。
「ほら、席に着け~」
そんなことをしているうちに、さっきも相談に乗った担任が扉を開けて入ってきた。
「最初に言っておくけど、彼女は色んな事情があって今のところ猫になってるから、あんま気にすんなよ」
「――本当なんだ」
「カチューシャとかじゃないんだ」
クラスメートは各々が品評をするような目で吾輩を見つめた。だが、その視線は電車で向けられたものよりも、純粋な興味の視線で、彼女にとっては想定外だった。
もしかして、このままどっちつかずのバケモノになってしまうんじゃいか。心のどこかで、そんな恐怖を抱えていた。だが、今のクラスメートの反応を見ると、そんなことはなさそうだった。吾輩はホッと胸を撫で下ろす。
ヒトカ、ネコカ。自分はどうなるかわからない。
だが、少なくとも今は、前を向けるような気がした。
「ほら! ネズミだぞ」
「にゃあああ⁉」
そんな感傷に浸っている時、唐突に担任が吾輩の机に何かを投げてきた。――正体はネズミのおもちゃだったが、猫の心臓に悪いおもちゃだ。
「やっぱり早く人に戻りたいにゃあああ‼」
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