二輪の花

 今日、法的に妻となる自分の伴侶は、何故かむすっと頬を膨らませへそを曲げていた。

「ねぇ、機嫌直してよ~」

「…………」

 そして主催した結婚式で自分達が会場に入場するまでもう一時間を切ってしまった。だが、彼女はそっぽを向いて、口を開けてくれない。

「――ごめんねって、何をやったか全然わかんないけどさ」

「………………」

 彼女は、正直言って気分屋な節がある。出会った時も、こうして結婚という過程に至るまでも、全て彼女の熱烈なアプローチによって生まれたのだ。最初こそ戸惑った、仲が良い友人として関係を築いていければいいと思っていたのに、恋人になって欲しいと言われ、なんとなくで流されているうちに結婚まで申し込まれて、そのまま受けてしまった。

 だが、自分に愛情が全くなかったわけでもないから、周囲からは白い目で見られたり、馬鹿にするような噂を耳に挟んだときは怒った。特にお爺ちゃんお婆ちゃんの世代はけしからんなんて言って口をはさんできたけど、余計なお世話だった。少なくともこの関係は嫌いじゃなかったし、自分なりに彼女を愛してもいたのだ。


「これからお披露目なんだからせめて化粧してよ……ヘアメイクさん困っちゃってるじゃん……」

 だが、こうなってしまった彼女はてこを使っても動かない。昔、喧嘩した時に「二度と口聞かないから!」といって、そのまま一か月間は会話をしなかったことを思い出した。たまたま近所でボヤが起きて意地を張ってる場合じゃなくなったから何とかなったものの、あと二週間も続いていれば確実に破局していた出来事だった。それくらい一度決めたことは絶対に曲げない彼女を、どう説得しようか頭を悩ませていた時だった。


「――失礼します」

 控室の扉をゆっくりと開け、外から今回の結婚式の担当をしてくれるウェディングプランナーさんが入ってきた。

「どうされましたか?」

「実はメイクスタッフに頼まれまして、かなり時間が押しているので急いでメイク室に来てほしいとの事です」

 この手のトラブルはよくあるのだろう、慣れた口ぶりで彼女を急かす。 

 

「――だってさ、周りに迷惑かかってるよ」

 なんだかんだ言って、彼女は常識人だ。周りに迷惑をかける事はしないだろう。そして目を合わせようとしなかった彼女は、ゆっくりと正面に向き直りぼそっと呟いた。

「……ちょっと二人きりで話したい」

「すいません、一旦席を外して――」

 そう言いきらないうちに、プランナーは部屋から退室していた。これがプロの技なのかと思わず感心してしまう。

 

「で、一体何にそんな怒ってたの?」

 扉の方の視線を、彼女に向き直りながら尋ねる。ここから解決しなければいけない話だとわかっているからこそ、直球で聞いた。

「――なんで?」

「ん、どうしたの?」

「なんで、招待した友人枠に男がいるの?」

「――はい?」

 もしかして、自分が思っていたよりも下らない内容かもしれなかった。


「だって、私なんて魅力ないし、貴女は異性愛者ヘテロセクシャルでしょ? 私が貴女への気持ちを抑えきれなくなって告白も結婚も無理やり言い出して、もしかして嫌々受けてくれて…… なのに、あんなにカッコいい友人の男がいたら私なんて、私なんて……どうせ、すぐに捨てちゃうんでしょ……」

 一息で喋った後、彼女はわんわんと泣き出してしまった。


 結婚前不安マリッジブルー、という奴だろうか。

 普通は結納した時や、一か月前という状態になる奴だが、招待状を送った男の存在を今になって知って不安に襲われたらしい。誰を招待するかは私に一任していたから、今まで知らなかったからショックを受けてしまったのは、確かに自分のミスだ。

 

 ――だが、正直に言って彼女、嫌、妻の言い分に苛立ちを隠せなかった。だから、彼女の顎をグイっと掴む。

「ぇ――?」

 そして、強引に彼女の唇を奪う。そのまま長いこと触れ合い、彼女が苦しそうに胸を弱々しく叩いてきたのを合図に、私は唇を離した。

「――はぁ……はぁ……なにを、するの」

「あのね、私が同情なんかでアンタと結婚したと思ってるの?」

 

 今更そんなことで悩んでいたなんて、バカみたいだ。確かにほんの二十年前まで出来る事ではなくて、今でもそんなに選ぶことは無い選択肢であるのは間違いない。けど――

鹿‼」


「――ごめんなさい」

 

「じゃあ、早く行って、最高に可愛くしてもらって」

「うん!」

 そうして、泣き止んだ彼女をメイク室へと連れだした。私もいつの間にか零したいた涙のせいで化粧が崩れてしまったから、慌てて別のメイクスタッフを捕まえて施してもらったが間に合うだろうか。


 そうして、既に会場に入場する合図の音楽が鳴り始めた時、私はなんとか舞台袖へ辿り着いた。

「ちょっと、遅いよ」

「――誰のせいだと」

 既に待っていた彼女に軽く文句を言おうとした時、思わず口を閉じてしまった。

「……どう?」

 不安そうな顔で、私に感想を求めてきた。衣装合わせの時に何回も見たはずのドレスは今日が一番輝いて見えた。

「――可愛いよ、世界で一番」

「そっちも、私のお嫁さんが最高に可愛いよ」

 臆面もなく愛の言葉を言い合って互いに顔を赤くする。その間に耐え切れなくなった私は、彼女に手を差し出した。


「行こっか」

「うん!」

 そうして二人は手を取り合い、バージンロードへ歩き始めた。


 その二輪の花は、誰が見ても美しく、可憐だった。

 

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