ロボットが上手く動かない
「くそ! なんで上手く動かないんだ!」
稀代の天才技術者と呼ばれたその人は、誰も居ない研究室の中でロボットを前にして叫んだ。
「……理論は、理論は何も間違っていないんだ。あぁ!《動き出せ!》」
その言葉を合図に、目の前にあるロボットは、目に取り付けられたライトを眩く発光させる。そして、幾本にも繋がれたパイプから、その身を解放しようと、右脚を一歩踏み出す。――成功、その二文字が頭をよぎるが、そのまま膝にあたる関節を曲げたところで、ロボットの目は再び光を失った。
「というわけで、お前の力を借りたい」
「……誰かに助言を求めるなんて、相当切羽詰まってんのね」
場末に存在する大衆居酒屋。藁にも縋る思いで、彼は同じ研究所に務める同僚にして同期である彼女を呼び出した。
珍しい、彼女は率直にそう感じた。彼は、他人の援助というものを好まない。助手ですら、基本的には足手まといになる事が多い彼が誰かに乞う姿など珍しい、そんなことを注文したつまみをぽりぽりと食しながら思った。
「で、何を助言すれば? 今は犬型ロボットの機体制御のコードを書くのに忙しいんだけど」
「それを見込んで君に頼んだんだ」
咄嗟に自分の不覚を悟った。酒が少し入っているかつ、同僚だったとはいえ自分の研究テーマをこんな場所で漏らす、そのリスクが判らない頭脳ではなかった。だが、それに反して、彼は「それだ」と言った。
「……なんでアンタがなんで私の研究内容知っての? 本邦初公開の筈だけど?」
「実は俺もそれに一枚噛んでる。そしてお前の意見が聞きたい」
「――こんな場所じゃ聞けないでしょうが……アンタの研究室に連れてって」
男は、酒を一気に呷り小さく頷いた。
「まずは問題点を洗い出そう。『何が一番の課題なの』」
「『ロボットが命令通り動かない』正確に言えば、動きはするが、完遂しない」
ラバーダック・デバッグ。
「『完遂しない』とはどういうこと? 具体的に言って」
「『命令途中で勝手に中断が起きる』動き出せといったが、足を持ち上げただけで動作を終わらせてしまう」
「それ、設計ミスじゃないの……?」
「コレの設計は、お前らの先輩方のチームだ。そして、そこでは成功してるらしいんだが、俺の元に回ってきたらこのざまだ」
確かにうちのチームで、数年前までヒト型ロボットの研究をしていたと聞いていたことはあった。ならば、当時は在籍してないとはいえ、そのチームメンバーに助言を求める事は理に適っている。
「なら、うちの先輩方に依頼しなさいよ、なんで私が?」
「……だって、人と関わるの怖いし……」
「子どもか!」
どんな理由かと身構えてみれば、あまりの下らなさに思わず体の力が抜けていくのを感じる。そして天才と謳われた彼のポンコツ具合を、これ以上知りたくはない。自然と足は件のロボットの前まで進んでいた。
「……もういいよ、直接試してみる。どうやるのさ」
「メガホンを持って、それを介してロボットに話しかける音声認識だ」
そう言って彼は数少ない机に大量に積まれた書類の山をかき分け始める。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、彼女は彼の言葉を述懐していた。わけもなく言われたが、音声認識というのはこの時代には、組み込まなければいけない装置の巨大さという重大な問題のため、殆ど採用が見送られている代物だ。それを彼は、ヒト型のロボットに押し込めることが出来るとは、やはり天才という看板に偽りがないことを、改めて知った。……素直にコード入力にすれば、絶対発生しない問題だとは、口が裂けても言えそうになかった。
「はいこれ」
「あんがと~」
考えているうちに彼がメガホンを彼女に手渡す。そのまま、手に取ったメガホンを口に近づけ、ロボットへ向ける
「えっと……《一歩歩いて》」
ロボットの目に光が灯る。おぉという感嘆をしている間に、駆動音を響かせながら、ロボットが命令通り一歩踏み出した。
「うん、短い言葉なら大丈夫そうだね。じゃあ《二歩歩いて》」
すると、彼女の予想に反して、ロボットは命令通り二歩歩みを進めた。
「動くじゃん」
「なんで動くの⁉ ちょっとメガホン貸して!」
「あっ、うん、どうぞ」
「《動き出せ!》」
だが、彼が出した指示に従う事はなく、膝を少し曲げたところで、動作が終わってしまう。
「あっ、判った」
一連の動きをみていた彼女が、ぽんと手を叩く。そのまま手でメガホンを寄越せと訴える。
「あのさ、君の指示は抽象的すぎるんだよ。例えば《ジャンプして》」
「いや、それは――」
無理、そう言いかけたところで、ロボットが両膝を揃えて曲げ、姿勢を低くした。まさに、その場で跳躍するように。ドスンと音が響いたと思えば、ロボットはその場でジャンプをした。
「ほら、やっぱり――」
得意げな彼女の言葉は、直後に響いた鉄が割れる音によって遮られた。
「あっ」
「あぁ……!」
二人はロボットの方向へ目を向けると、天井に頭を打ち付けたロボットの頭部は、見るも無残にひしゃげてしまっていた。
「……というわけで、もっと具体的な指示を与えてあげてね」
「おい! 逃げんな!」
彼女は重大な示唆を与えたとともに、その場からの逃走を選んだ。この発言が、のちにロボットを動かすうえでの重大な約束になり、後に提唱者としてその名が残る事を、この場の誰も知る由もない。
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