心配性
トイレの扉をバタンと閉めるとき、いつも言葉にしにくい不安が襲ってくる。そして、いつも少しだけドアを開けたままにしてしまう。
「ちょっと、トイレのちゃんと閉めてよ!」
「ご、ごめん……」
だが、その行動は同居している家族からの注意が付いて回る。当たり前だろう、自分も家族の排泄音など聞きたくない。
しかし、それでも自分はもしもを想像してしまう。
もし再び扉を開けた時、そこに自分の知っている景色が存在しなかったら? もし、開けた先には異形の存在が音もなく立っていたら? そんな妄想じゃなくとも、地震か何かが起きて、二度と扉が開かなくなってしまったら? 自分の排泄音が聞かれる羞恥心より、自分の手で己を隔離してしまう恐怖心が常に勝る。
そうして、結局は扉を少しだけ開けっぱなしにして、そして、家族に叱られるのだ。
「それは行き過ぎだし、考えすぎだよ」
「……やっぱりかぁ」
学校の友人にも話したが、当たり前だが理解はされなかった。それが普通なのだから左程期待はしてになかったが、心のどこかに信じていた気持ちがあるのだろう。私は落胆の色を隠しきれなかった。
「でもさ、それって変だよね。だって学校のトイレで扉を閉めなかった事なんて、一緒にトイレ行ったときに見たことないよ?」
「それは、確かに……」
指摘されて、初めて気が付いた。確かに私は公共の場でそんな行動をとったことが無い。
「例えばさ、デパートのトイレを使っても、扉を開けるのが怖いからって閉めないの?」
「……思わなくはないけど、閉める」
「では、玄関の扉は? 帰ってきた時、鍵も掛けずに半開きのままにするの?」
「……泥棒が怖いから普通に鍵をかける」
「親の友人、みたいな知らない人が家にいた時は? それでも怖い?」
「……迷惑だと思うからキチンと閉める」
「だけど家のトイレの扉は?」
「――閉めるのが怖い」
こうして自分の行動を振り返ってみれば、確かに意味が判らない。同じ扉なのに、場所が違えば、状況が変われば、手の平を返すように対応が変化している。これを表す言葉は私は一つしか知らない。
「変、だよね……」
「特に恐怖心の所為って言いながら、周りの目があるときは蓋を出来てるのが特に。その我慢は何故家族の前じゃできないのかってとこでしょ」
友人は指をビシっと指しながら、矛盾を指摘した。
「――こ、これ! どうすればいいの⁉」
ここまで自分の違和感を認識してしまったのだから、治せるものなら治してしまいたい。慌てて私は解決策を求めた。
「単純に家族の前じゃ気が緩んでるって可能性もあるけど――まずは、色々検証する。話はそれからでしょ!」
そうして私と友人は、放課後に学校のトイレで色々検証することを決めた。
選んだトイレは四階の端にひっそりと存在する手洗い場だ。先輩に聞いた話では、あまり使う人がおらず、隠し話をするには絶好の場所だと教えてくれた。なぜ誰も使わないんだろうと、話を聞いた当初は首を傾げていたが、いざその場に二人で入った時、不人気の理由がすぐさま判明した。
「暗いね……」
「だね、窓があるのに」
そのトイレの中は、電気が付いているというのに酷く薄暗かった。それだけではなく、周りを見渡せば壁に貼り付けられている筈のタイルは、何枚か床に散乱しており、鏡の端にはヒビが入っている。おまけに何処か、ただ立っているだけで息苦しくなり、そこにいる人を不安にさせる、そんなトイレだった。
「……ねぇ、やめない?」
このトイレで個室の扉を閉めてしまったら、本当にどこかに行ってしまうような気がする。震えた声を隠しきれず、私は友人に提案した。
「――じゃあ、さっさと始めよっか。さあ入った入った!」
そんな私の懇願を無視し、友人は私の背中をぐいぐいと押し始め、そのまま私を個室に押し込んだ。こうなった友人はてこでも動きかない。項垂れながら流れに身を任せていた。
そして個室に押し込められ、
「……え、ちょっと怒ってる?」
それを怒りと勘違いしたのだろう、友人は扉の向こうから探るような事を言ってきた。そして私はまるで台本があったかのように、言葉がすらすらと口をついた。
「なんでもないよ……ゆっくり開けてね」
「よかった――なら、何もないことを証明するためにさっさと開けちゃうよ!」
これも改善の為だから、そう言いながら先ほどの謝罪は何処へ行ったのか、友人は笑いながらドアノブを捻る。
「はい、何もありませ――」
扉を開けた友人と私の目が合った。その瞬間、友人の顔が一瞬にして強張る。
「え、その服、どうしたの」
何も荷物を持っていない中、扉を開けたら友人が着替えていたのだ、それは驚いただろう。そしてその服が、
「私ね、扉の先にいる人が怖いんじゃないみたい、寧ろ逆。
――
口にしてみれば簡単で、自分の行動に納得がいった。いじめっ子が好きな子に意地悪をするように。寂しがりな子供が、わざと目立つ行動をして人目を引こうとするように。私も、誰かに見てもらいたかったんだ。
「は、花子さん……」
私の名前を呼びながら、学校のどこかで女子の悲鳴が響いた。
その日、私は収まるべきところに収まって、
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