せめて君らしく×んでくれ
蝉がミンミンと煩く鳴き、太陽が燦々と身を焦がす。
身じろぐだけで、汗が服に染み込み、ペダルを漕ぐ足が重くなる。
あぁ、これだから夏は嫌だ。
そう、いつもならば、こんな日には外には出なかった。冷房が効いた室内で、悠々自適に過ごすのが、尚光という人間だ。
けれど、そんな悠長は、言えなくなってしまった。
彼女に会わなければならない。
『古くからの伝統』
都会人からすれば、縁遠い話かもしれないが、ここ
――妻は夫の三歩後ろを歩け。
――妻は夫を三つ指ついて出迎えろ。
妻を”女”に言い換えてもいい。
男尊女卑が多分に残るこの地では、この程度は当たり前。
尚光の母も、文句ひとつ言わず、幼少のころから行ってきていた、日常。
そんな中でも、眉を引きつらせるような忌むべき因習というものは、存在する。
『人身供犠』
この土地は、昔は毎年のように洪水が起きる土地だったらしい。
だけど、ある時から神が住み着き、対価として人間を寄越せば恵みを齎す。
十干十二支、つまり、六〇年に一度、生贄を捧げれば、この土地は生き残り続けることが出来る。
少なくとも、老人どもは、妄信している。
そして今年、暦が還り、六〇年の節目を迎える。
厳正な抽選とか言っていたが、十中八九意図的に選ばれただろう。
生贄に指名されたのは、僕の彼女だった。
小学生の頃、実の両親が亡くなり、祖父母に引き取られる形でこの田舎にやってきた。
初めてあった場所は、小学校で、尚光は切鳴の美しさに、一目惚れした。
余所者を歓迎しない風潮は、どこかにあったと思う。
だから、僕は切鳴と、隠れて付き合っていた。
勿論友人には一目瞭然だっただろうけど、彼らは僕らを応援してくれていた。
けれど、彼女の祖父が亡くなり、祖母との二人暮らし。
立場が強いとは言えない彼女は、因習を押し付ける相手としては、丁度良かったのだろう。
そのことを告げられた直後、切鳴は逃げ出した。
自分でもその立場なら同じ行動をすると思う。老人は贄が消えたと大騒ぎを始めた。
そして、それを偶然聞いた尚光は、自転車で飛び出した。
タイムリミットは、あと日が落ちきるまで。
何も考えずに飛び出し、切鳴の家に向かった。しかし、呼び鈴を鳴らしても誰も出ず、部屋の明かりはついていなかった。
家を捨てた。
そう判断し、今度は彼女が行きそうなところを考えてみる。
『お爺さんお婆さんが一杯いる施設とかって、行きづらいのよね。みんなして、私の事睨んでくるし』
いつの日かの帰り道、彼女がふと零していた言葉を思い出した。
ならば、切鳴はどちらかと言えば子供がいる場所に行くのではないか。ここまで思考したら、彼女の居場所は検討が付いた。
再び自転車に乗り、力強くペダルを漕いだ。
二十分程漕ぎ続け、目的地にたどり着いた。
「来たんだ」
彼女は、
「実はさ、私知ってたんだ」
何を、とは聞けなかった。
「お爺ちゃんが死んじゃった時にさ、村の人たちが言ってたんだよ。”安心して娘を贄にできる”ってね」
「最初は意味が全然わからなかったんだけどさ、お婆ちゃんに聞いたら、顔色変えて教えてくれたの」
「――ねぇ、尚光…… 私と一緒に逃げて、って言ったら、ついてきてくれる?」
切鳴の目には涙が浮かんでいた。
彼女は、救いを求めて、手を伸ばしていた。
尚光の答えは既に決まっていた。
彼女の手を掴み――そのまま、隠し持っていたスタンガンを押し当てた。
「……え」
「ごめん」
自己満足だとわかっていながらも、謝罪の言葉を口にし、スイッチを押す。
切鳴の体から力が抜け、尚光の体にもたれかかってくる。そして、彼女を背負い、携帯を取り出す。
大した時間もかからず、すぐに目的の相手に繋がった。
「もしもし、捕まえました」
「そうかそうか、よくやったの」
「僕は、切鳴の彼氏でしたから。信用させるのは簡単ですよ」
自分でも驚くほど、あっさりとした口調だった思う。
「ほう…… それにしては何の後悔もないようじゃな」
相手にも伝わっていた。けれど、自分でも腑に落ちる答えは、自転車を漕いでいる間に見つかっていた。
「――だって、伝統なら、しょうがないじゃないですか」
そうだ。
これは忌むべき因習だ。
けれど、そのせいで夜刀浦がなくなるのは、嫌だ。
彼女との思い出が巡る。
田舎にやってきた都会人として、警戒していた転校初日の事。
親睦を深め、告白を受け入れてくれた時の笑顔。
無い知恵絞ってデートをした時の思い出。
どれも大事で、見捨てたくないものだ。
――そう、だから
「せめて君らしく死んでくれ」
僕は彼女を背負い、歩き出した。
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