タイムトラベラーと小さな嘘

「やっと見つけた!」

 夕暮れ時の河川敷、俯きながら座っていた自分に、話しかけてくるお節介がいた。


「放っておいてください。今は人と話したい気分じゃないので」

「そんなこと言わないでさ、悩みなら私が聞いてあげるよ」

 そう言いながらも、お節介さんは落ち込んでいる人の横にズカズカと入り込む。パーソナルスペースなんて、お節介には関係ないように。

 

「当ててあげるよ。恋人と喧嘩別れしたんでしょ」

「違いますよ、放っておいてください」

「違わないよ、だって私は恋人と知り合いで、連絡を受けてここにきたんだから」

 その言葉に、俯いていた顔が驚いたように上がる。その顔は、涙でぐちゃぐちゃに濡れている、酷い顔だった。


「そんな適当なこと言って馬鹿にして! そんなに笑いものにしたいんですか!?」

 お節介の肩を掴み、叫ぶように相手を揺らす。全ての鬱憤をぶつけるように、声を上げて涙を流しながら一心不乱に。


「大分気が済んだみたいだね」

「……すいません、初対面の人に」

 あれからどれだけ時間が立ったのだろうか、陽はすっかりと落ち、街灯の明かりが二人を照らしていた。


「じゃあ、改めて。私の名前はZという。ヨロシク」

「――Zさんですか、偽名とは悲しいですね」

「ちょっとした規則があってね。残念ながら君に本名を明かすことは特にできないんだ。明かしたとしても、大変なことになりそうだしね」


 お節介なその人は、Zと名乗って語り始める。


「自分はさ、君たちでいうタイムトラベラーなんだよ」

「そりゃ大変です。どんな任務があってこの時代にやってきたんですか」

「――君、やっぱり疲れてるね。普通突っ込むもんだろう」

「そりゃあんだけみっともない醜態を晒しましたからね。今の自分は全てを受け入れますね」

 その言葉に、Zは悲しそうな表情を浮かべる。


「まぁいいや。私の目的は君、正確に言うと君達なんだよね」

「『達』なんて言う割には、ここには自分とアナタしかいませんけど」

「今日起きた出来事、聡明な君にはそれだと分かっているんだろう」

 その言葉に、今日起きた出来事が否応なく蘇る。



『ごめんなさい、浮気していました』 


『離婚届はファイルのところに入っています。僕の部分は記入済みです。口座も全て手を付けずに置いてあります』


『裏切ってごめんなさい』

 

 朝起きた時、最愛の恋人の姿はどこにも無かった。あわてて何かが無いかと家の中を調べてみると、彼が大事にしていた指輪が無くなっていた。

 「仕事で身につけられないのが残念だな」

 そういって、家でいつも置いていた場所から、姿が消えていた。他の荷物は全て残っているのに、それだけあるのが不思議でしょうがなかった。更に彼の私物を片っ端から調べていく――


 「――遊びだったって、こと……」

 普段仕事で着ている服の中から、知らない女と一緒に出歩いている時に撮ったと思われる写真が、出てきた。



 きっと、指輪を売って写真の彼女に貢いだんだろう。考えたら、自分の好きだった彼はどこかに消えてしまった事が苦しくて、悔しくてしょうがなかった。

その事実を受け止めきれなくて、自分は、あてどなくさまよっていた。


「そして君は、やがてこの河川敷に辿り着き、何をするでもなくここにいたんだろう?」

「――ここは、自分と彼との思い出の場所なんです。いつか、戻ってきてくれるんじゃないかと思って」

「まぁ、彼もそう言ってたさ。『きっとアイツならここにいるだろう』って」

「彼を知っているんですか!」

 自分がZと話す中で、一番早い返事をした気がする。


「言っただろう? アナタの恋人と知り合いで、連絡を受けてきたって」

 最初に行ったけどね、そう言いながらZは一枚の書類を差し出す。


「私が未来からきた証拠だ。それを見せて、彼に会うことが出来たら、多分悩みはその気持ちは晴れる筈さ」

 手渡された書類に、適当に目を通そうとした。しかし、そこに書かれている内容は、自分にとって見過ごせないものだった。


「――これ、本当なんですか!?」

「あぁ、2050年の4月から、正式に認められたんだよ」


「――50年後ですか」

「あと、コレも。『あの場所で会おう』って言って、自分に預けてきたよ」

 Zが渡してきたのは、売り払われたと思っていた、指輪だった。


「彼が他人にこれを預けるなんて、信じられないです」

「まぁ、他人ではないからね。だってタイムトラベラーなんだから!」

 何がだってなのかはわからないが、この二つがあれば、自分は何も怖くない。


「彼が何処にいるかって、わかりますか?」

「そうだね…… 知らないけど、君たちの家に帰ってみればいいじゃないのかな?」

「……ありがとうございました!」

 そのまま、河川敷から走り去っていくのをZはじっと見つめていた。

 


 俺とお前との過ごした時間があれば、絶対に上手くいく。


 頑張れ、過去の俺。

 

――大丈夫、きっと言えるよ。50年後、結婚してくれって。


 

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