生まれ変わらなければよかった

 才能がないということは、他でもない自分が一番よく分かっていた。

スクラップ場に勝手に立てたボロ小屋の家は、窮屈で埃っぽかった。


「母さん、今日の飯買ってきたよ」

「ありがとうね、家がもう少し裕福だったら、お前にこんな苦労をかけなくて済んだのに……」

「気にすんなって、俺は大丈夫だから」

 

そして家には何も無かった。その日の僅かな晩飯を母と分け合う生活が悲しくて、ひもじくて、苦しいだけの毎日。


「おい! そっちに逃げたぞ! 追え!」

「俺達の一週間分の食料全部奪われたんだ! 取り返せなきゃ、俺達が死ぬぞ!」

「……よし、逃げ切れたな……」

 

 強盗、恐喝、裏切り、殺人。

 生きる為、しかたない、そんな免罪符を片手に悪いことは両手では数えきれないほどのことをやったと、決して胸を張れないけど言える。


 けれど、盗んだ物を売ったお金で母と食べる食事は、酷く不味かった。

母は何度も感謝をしながら美味しそうにスープを啜っていた。その光景に満足することは出来たが、スープに写った自分の顔は、酷く醜かった。自分の行いに自己嫌悪して、どれだけ大事な食べ物だろうと罪悪感の味で、一口食べただけで吐き気がする。


 正しく生きたい。けれど、何も持っていない。


 そんな葛藤を抱えながら、いつのまにか自分は大人になっていた。



 そんな中途半端な自分は、母と一緒に早めに死んだ。自分のへまが原因で、報復に来た奴らに嬲られた。

悔しかった。何も力を持っていないことが。こんな惨めな生活が嫌だった。どんなに行動しても、自分には無力だってことがわかるようで。

 

 死っていうのは、案外心地良い物だった。永遠に冷めない夢の中を彷徨う気分をしていた時だった。


『もう一度、やり直してみたい?』

 

 誰かにそんな提案をされた。


――正しく生きれるのなら、死ぬんじゃなくて生きたい。


『いいよ、生き返らせてあげる。幼い時からやり直しな』


 

「ほぉら、よちよち、良い子ね~」

 母の声が聞こえる。結局、あの声はなんだったのか何もわからない。気づけば自分は赤ん坊になっていた。そして、これから歩んでいく人生の記憶もあった。

 自分がこの先どうすればいいのか、答えは記憶にあった。

 

 『スクラップの現実! こんな愚かなことを、人類は行っている!』

 新聞に大きく書かれた見出しの下に、普段自分が住んでいるスクラップ置き場の写真が写っていた。


 答えはここにあった。


 スクラップから金を抽出して、売りつける。

 方法や、道具の場所は、全て記憶の中にあった。まるでこれから行う事を知っているかのように、欲しい物はお金以外なら何でも手に入った。


 一つだけ、問題があった。

 このスクラップから金を抽出する方法は、自分が数えて10歳の時には、大きな会社が、全て横から利益を掻っ攫っていく、という事実だ。

 自分が10歳の頃に、突然人口が増えた出来事があったが、原因はこれだったのかと、今更ながら振り返る。

 

 すべての準備は、子供のうちにしなけばならない。時間は一秒たりとも余っていなかった。


「おい! ガキが銃盗みやがったぞ!」

「俺らがボスに殺されたくなきゃ死ぬ気で探せ!」

 必要な道具を手に入れる為、危険な組織の物を盗み出した。


「ねぇ、一緒に物を作って金儲けをしないか」

「はぁ? いきなり何の話だよチビ」

 人手が足りないから、周囲にいた、似たような境遇の奴らに片っ端から声を掛けた。


「おかあさん! 今日のご飯遅くなってごめんね!」

「……う、うん。毎日こんな美味しいご飯ありがとうね」

「うん! 僕はお母さんの為なら何でもできるよ!」

 少しでも美味しい物を食べさせようと、毎日日銭を稼ぎ、健康に良い物を買った。



 そして、自分が9歳の時、やっと事業が軌道に乗り始めた。敵対勢力の妨害、従業者の離反、乗り越えるべき問題は数えきれないほどあったが、遂にその日がやってきた。


 その日の自分は、人生で一番浮かれていたと思う。

「お母さん! お金をこんなに稼げたよ!」

 手提げの鞄に、札束を詰めるだけ詰め込んだ、世界で一番豪華な鞄を母に渡した。

「……あんた、誰なのよ!」

「――え」

 かけてくれる言葉は、褒め言葉に違いないと確信していたから、その言葉は予定外だった。

「こんな大金を9歳の息子が稼げるわけないじゃない! この偽者! どこかに消えなさい!」


 母に拒絶された自分の中で、心が崩れ去る音がした。

 全てが空しくて、虚ろで、生まれ変わった意味が何もなかった。

 もう合わせる顔なんてどこにもない。

 

 札束を道に投げ捨て、火を放つ。そして、そのまま中へと飛び込んだ。


 「これで、よかった」

 

 



「ほぉら、よちよち、良い子ね~」

気が付けば、自分は赤ん坊になっていた。なぜ、どうして、そんな疑問が頭の中をよぎる。


『君は言っただろ、死ぬんじゃなくて、生きたいって。だから叶えてやるよ、何度でもね』


 誰かが、そういった気がした。

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