天使は暇を飼い殺す
「罪状、被告を追放とする。以上だ」
その場に居合わせた誰もがその判決に驚きを隠せず、居合わせた全員にどよめきが走る。
「し、審判長! どうかご慈悲を!」
「静粛に」
頭を下げた必死の訴えも、木槌を二度カン、と叩いき観客や補佐員と共にどよめきや不満も押し殺す。
「沙汰は下った。己の罪を悔いよ」
それだけ言い残し、審判席から早々に立ち去った。退室と同時に扉が閉まると、その場にいた誰もが一斉に喋り出した。
「今回もまた非情な審判ですな……」
「えぇ、我々も気をつけねば次にあのような目に合うのも……」
「しかしやりすぎでは…… 今回の一件も、羊飼いが仕事を横着しただけでは……」
「今年に入って3回目じゃ…… あの天使様は冷酷すぎるぞ……」
その話し声を扉越しに聞いていた天使が一人。
「やはり、私の秘密を知るものは追放処分に限るな」
楽しそうに、そして他人事の様に、非常な沙汰を下した天使は不敵に笑みを浮かべていた。
天使は基本的には暇を持て余している。
地獄ならば罪人が日夜送られて、囚人の仕分けや刑の執行などやることは多岐に渡って常に人手が足りていない。
だが天界は事情が違う。なぜなら天国には、罪を犯さない無垢な魂しかやってこないからだ。それでもたまにオイタをする輩はいるが、それでも数百年と過ごして、片手で数えられる程度にしか起こっていない。
要するに、皆は退屈だ。
そんな中でも特に暇を持て余しているのが審判天使だ。彼らは天界に現れる罪人を裁くの仕事を生業としているが、住民はみな、幸か不幸か良い子しかいない。ここには特に仕事が回ってこない。そんな楽さに目を付けたルシファーという天使がいた。
「ここに就職すれば、私は一生楽に暮らすことが出来る!」
そう期待に胸を膨らませ、最も
「あぁ…… 暇すぎる……」
彼もまた、他の審判天使と同じように、暇を持て余すようになった。
「罪状、被告人を天界から追放とする」
「――っな! そんなことで」
「審判は絶対だ」
ある時は、本当に些細な罪で、自分勝手に裁いたりした。
「罪状、被告人が食べた知恵の実の喪失は許されない愚行だ。天界追放とする」
「待ってくれ! 俺はアンタに言われた通り――」
「戯言はよせ。私がそんな罪に加担するわけがないだろう。これだから罪人の相手など――」
「――ッこの裏切り者がぁぁぁ!」
ある時は、
だが彼らは、どこまでも良い人だった。
ルシファーは全てに対して無気力になっていた。そんな時だった。
夜中、深夜に火遊びでもしている子供がいないかと日課の巡回を行っている時。
「おい、バレていないだろうな!?」
「そんなヘマするか! ほら、やるぞ!」
「おぉ…… これがゲームか!」
見習いの審判天使が、地上からゲーム機という奴を持ってきた。そして彼らは、遊戯に興じ始めた。彼らが遊び、熱中するその姿に、ルシファーは目を離すことが出来なかった。
「お前たち、そのゲーム機、寄越せ!」
そういってルシファーは見習いからゲーム機を取り上げて、自分のものとした。因みに遊んでいた二人は証拠隠滅のために、適当な罪で追放処分とした。
そして、その日からルシファーの生活は一変した。朝起きてから夜寝るまで、常に何かの事件を求めて彷徨うことは無くなった。
「よし…… 思う存分遊ぼう!」
彼らから手に入れたゲームは素晴らしかった。今まで罪人の頭を動物にして悦に入るよりも楽しいことはなかった。しかし、ゲームは様々な体験をもたらしてくれた。ただ、天使として過ごしているうちには、決して手に入らない宝物が思いがけず手に入った。
「くそが! こいつチート使ってんだろ!」
そして、優雅で上品に断罪する天使は見る影も無くなり、誰に対しても粗野に当たる危険人物と化していた。そして、いつの日か、ルシファーは最低限こなしていた仕事すらしなくなり、怠惰の極みを過ごしていた。
「おいルシファー! いつまで仕事をさぼる気――」
私を心配したお節介な友人が、家の扉を蹴破って私の部屋に入ってきたときだった。友人はルシファーを見て言葉を失った。
「あ、
彼はそう言って家を飛び出していった。
ルシファーは彼を追いかけようと、ゲーム機の電源を落とした。そして、電源が切れ、真っ黒な画面に映っていたのは、黒く変貌した天使の輪を持った悪魔が、そこに立っていた。
「堕天したってことか……」
もうゲーム機に頼らなくても退屈を埋めることが出来る、そう考え口端をニヤりと歪めて、悪魔が嗤った。
そうやって、勤勉な天使は暇を飼い殺した。
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