近未来

「遂に私にも7Gの時代が来た!」

 届いた荷物を見て、私は高らかにそう宣言した。


 私が子供の時は、もうすぐ5Gが来ると騒ぎ立てていて、実際にその波が我が家にやってきたときは、ダウンロード速度が爆速で驚いたものだ。しかし時代の流れは速い物で、私が社会人になって独り暮らしを始めた時には、7Gの時代がやってきていた。


 なんといっても目玉機能は『匂い』だ。

 

 専門家、特に神経科学者や脳科学者なんかは、人体という謎をここ数十年で殆ど解き明かしてしまった。その結果、脳波とかシナプス信号なんかが全部解読されて、道具を使えばお手軽に『美味しい料理』だったり『美しい風景』だったりを体験することができるようになったのだ。そして7Gは、まさかのその信号の情報量を波長に返還し、遠隔地に向けた送信をも可能とした。


 少し前の言葉で言うのならば技術特異点シンギュラリティってやつだ。


 これによって人々の生活、特に一般家庭に革命をもたらした。

例えば匂いを波長として捉えることが出来れば、食べ歩きされている食料のデータを解析することができる。それを専用のデバイスに接続すればあっという間に同じ味を感じることが出来る。その際同時に触感に波長を少し流せば、柔らかいものを咀嚼しても固く感じることが可能となり、嗅覚に刺激を与えれば、それは刺激臭にも芳醇にも変わるようになるのだ。


 ともかく私は特にその影響を受けた人間だと自覚している。出かけるときには必ず鞄に機器を入れているし、気になる情報データを見つけたらすぐに解析して保存する癖がついた。


 しかし、今日に限っては自分の人生に染み付いた癖を後悔している。

「ごめんなさい! 待たせちゃいました……」

「ううん! 君が平気だから大丈夫だよ」

  私は、気になる人との出かけようとした時に、この機器持ってきてしまったのだ。

「それじゃいこっか! あの人に誘ってもらったバイキングに!」

「……う、うん!」

 それも、高級レストランにて行われる、試作メニューのバイキング形式の品評会にだ。


 その会場に着いた時点で、私は自分の失敗を改めて実感した。投票によって、レストランのメニュー入りが決まるらしく、数十人いる以上いるシェフの誰もが腕によりをかけて作った一品というのが、料理が下手の自分でも感じられた。招待状を受け取り私を誘ってくれた彼も色んな皿を見ながら「なるほど……」と呟いていたり、使った食材や調理方法について質問をしていた。


 ――この料理の情報データが欲しい。


 彼女は決して貧乏というわけではない。だが金持ちというわけでもない、ただの一般人だった。こんな豪華な料理が並ぶ光景を見るのは、人生でも数えるほどしかない。さらに幸か不幸か、彼女はそれを模倣できる方法を持っている。今にも喉から手が出そうで、体を震わせていた。


「ちょっと…… 大丈夫ですか?」

 その震えを体調不良だと勘違いした給仕スタッフが、彼女にそう声を掛けた。どうしようかと言葉に詰まってしまった。

「体調不良ならば控室にご案内しますが、どうされますか?」

「……お願いしてもいいですか」

 彼女は、この場から離れることを決めた。もしここで機器を取り出してしまったら、私だけではなく招待した彼にも迷惑が掛かってしまう。


 そう、新しい技術は、常にだれからも歓迎されるわけではない。特に飲食業界は7Gの存在を嫌悪しているのだ。当たり前の話だが、7Gの登場以来、安価な食事でも美味しく食べられる事ができるようになった損害は、業界に計り知れないダメージを負わせた。彼らは一丸となって技術規制しようと必死に訴えたが、大多数の便利の声に飲み込まれた。


 そんな失態を犯すわけにはいけないと、誘惑を振り切った。


「この先を曲がったところにある、扉に花の絵が描かれた部屋が控室になっております」

 給仕スタッフが会場を抜けて案内をしてくれたが、彼女は耳には届いていなかった。

 

――あぁ、やっぱりコピーすればよかった……

 振り切ったと思った後悔は簡単には拭いきれなかった。それに今までも美味しい料理と出会ったら、コピーを行ってきたのだ。招待した人のメンツを潰すくらい、今更どうってこともない。

 会場に戻ろうと踵を返したところで、体がよろめく。

 「お客様! 大丈夫――」

 案内してくれたスタッフが手を伸ばすのが、なぜかゆっくりと見える。私の意識はそのまま暗転した。


 

 『最近、栄養失調で入院する若者が増えています。理由としては7Gによって、食べ物を疑似的に摂取することで脳の中枢神経が刺激され実際には全く口にしていないのに、満腹だと錯覚してしまうことが原因で――』



 

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