私は「今」生きてると叫べる。

 青空を見上げて、思いきり息を吸った時、今私は生きているんだと、叫びたくなる。


 ただ一つ、私がゾンビになってしまったことを除けば、快哉を叫べたのだろう。


「A、ahh……」


 口から漏れ出すのはどこかの言語ですらない、唸り声だけだ。


 あぁ、どうしてこうなったのだろうか。


 ただ一つの目的を果たすために、私は晴天の中を這いずり回る。




 埃にまみれた大型施設の中、普段では聞くことのできない爆発が何度も起こる。そして呼応するように、そこら中からゾンビの断末魔が響く。


ここは、まさしく戦場だった。


『おい! 時間だ、引き上げるぞ!』

「――了解!」

 そんな絶え間なく聞こえる銃声の間を縫って、無線から隊長の指示が飛ぶ。何より待ちわびていたその指示に、喜びを必死に隠しながら、平静に応答する。一目散に持ち場を離れ、集合地点ランデブーポイントへ向かう。


「只今帰投しました!」

「――いや、早えなお前」

 どこに隠していたのか、隊長が煙草に火をつけようとしたところに、運悪く早々に到着してしまった。

「……いや、それより目標物は」

 バツが悪いのだろう、話題を変えるように、話を振ってきた。私自身も早く離れたいために持ち場をさっさと去ったとは言えなかったため、何も言わなかった。

「しっかりと確保しました。目算では二週間分には十分だと思われます」

「そうか、ご苦労」

今回の任務は、ゾンビから逃げた生存者たちを集めた避難所での食糧不足を解決するために組まれた任務だ。


 我々は軍人として、彼らを守る義務がある。

そう声高に隊長が主張したのなら、一兵卒の新人である自分に否定の文字は残っていなかった。


 今回の作戦はこうだ。

なけなしの車を使って、大型施設に侵入。そして隊員全員で食料を集めらるだけ集めて、隊長の指示で帰投する。事前情報が殆どない、博打に等しい計画だった。だが、これを成功させなければ避難所内で食料を巡った同士討ちが始まることは明白だった。


『ゾンビは日中は何故か行動しない。それは、建物や地下といった陽の光が届かないところでも関係ない』

この情報だけを頼りに、作戦を実行した。

そして、私たちは賭けに勝利した。


「なぁ、新人。もしもの話だが、自分がゾンビになっちまったら、どうして欲しい?」

 今は他の隊員が帰ってくるのを待つだけだ。暇を持て余した隊長ば煙草を吹かす合間に問いかけてきた。


「――そんな死に様選べるほど、私たちに余裕なんてあるんですか」

「はっ、確かにそりゃそうだな。――すまん、忘れろ……」

 投げやりに返答した答えは、誤魔化すように吐いた煙に搔き消された。


 そうだ、私たちは今を生きることに必死なんだ。死んだあとのことまで考えるなんて、そんな贅沢は必要ないものだろう。

そんな考えに耽っている時だった。

『――隊長、報告が……』

ノイズが交じりながらも、他の隊員から連絡がきた。

「おう、何があった」

『ゾンビです! あいつらが動き出し――うわああ!』

「おい! 大丈夫か!」

何度か銃声が聞こえた後、通信が帰ってくることはなかった。


「ちっ、くそが!」

「――隊長……どう、しますか」

「そりゃ行くに決まってんだろ! 車乗れ!」

彼らは通信状況からして、彼らは想定外のゾンビの襲撃を受けた。そして食料品を出来る限り確保するため、武装は最小限に絞っている。自体は一刻を争う。隊長の指示に即応し、魔改造された座席に乗り込む。


 そこからは、ひたすらゾンビを倒した。

子供と思わしきゾンビの頭に、何発も銃弾を打ち込んだ。自分の知人とそっくりのゾンビに目掛けて、手榴弾を投げつけた。


 文字通りの腐臭と、なけなしの心を殺しながら死体の山を築いた。そして隊員の元に向かった時には、既に手遅れとなっていた。

「GAAAAAAA!」

「そんな……」

 無残にも顔の半分が食いちぎられ、這いつくばりながら蠢く戦友がそこにはいた。

「――すまん」

 もう届くことのない謝罪をして、銃口を頭上に狙いを定める。身内の不始末は、身内で。ただ、それ以上に目の前で起きる悲劇から、私は目を逸らした。

「帰るぞ……」


 銃声の音はいつまでも残っていた。



「隊長、ゾンビになったらどうしてほしいかと、聞きましたよね」

「あぁ……」

「あんなには成りたくないです。ただ、人間として死にたいです」

「――そうか、なら機会がないことを祈るが、お日様の下で送ってやるよ」


 帰りの車内で交わした会話は、それだけだった。


 そこから避難所に帰ると、すでに侵入していたゾンビによって、壊滅状態となっていた。そして、私もそこでゾンビに噛まれ、彼らの仲間入りを果たした。



 どれくらいの時間を彷徨っただろうか。

未だに、私は死に続けている。

できるだけ人がいないところを探しながら、私は陽を求めていた。結局あの時、なぜゾンビが動き出したのかはわからない。もし自分が動けていたなら、こんなに苦労することはないのに。


その時、私は見つけた。

「T,tahhhhhhhhh……」

「――お前もか」

何度も後ろから見た銃口が、正面から自分の頭に向けられる。

「すまん、すまん……」

なんでそんなに泣いてるんです…… 

ちゃんと約束果たしてくれたじゃないですか。

ほら、早く。引き金を引いてください。


「さようなら」

辺りに響く銃声が、太陽の元にこだました。


あぁ、これでようやく――


私は「今」生きてると叫べる。

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