延命治療
「父は! 父の病気は治すことはできないんですか!?」
「……残念ながら、今の技術では従来通りの処置しか……」
問われた医者は、そこまで言って悔しそうに唇を噛んだ。それだけで、祖父は限界なんだということがはっきりと伝わった。
「お爺ちゃん! お爺ちゃああああん!!!」
病院のベットに臥せる祖父の前で、泣きじゃくりながらも孫は何度も名前を呼ぶ。どうにかして祖父はその呼びかけに答えようとするも、既に声は出せないのだろうか、口が動いても声になって伝わらなかった。せめて触れ合おうと、孫の頭にゆっくりと手を伸ばし、弱弱しい手つきで撫でた。
そのやさしさに、私も孫である息子も、涙がにじみ出した。
「それで、この後誰が引き取りますか?」
「うちは既に二回見てるので他の人に……」
「私の家も子供で手一杯です」
そこから数時間もしないうちに、病院から一番近い我が家で話し合いの場が設けられた。親戚が勢揃いし、皆難しい顔をしながら話し合っている。
議題は、父の退院後をどうするかだった。病院からはこれ以上の治療は意味がないから、病床を開けてほしいと頼まれている。そして、何故か父には貯めていた貯金が殆ど無いため、誰かの家で世話をしなければいけない。
「因みにいままでってどうやって決めていたんですか?」
「20年前なら家長、じゃが最近は話し合い、それでも駄目なら……」
そこまで言って伯父は言いよどむ。その先は言われずとも分かった。
「そういえば、病院のお医者さんからこの書類を貰ったんですけど…… 延命治療の案内だそうです」
その言葉に、話し合いの席の皆が目を輝かせる。もしかすれば、この話し合いを終わらせらえる。期待に胸を躍らせながら、書類に目を通し始めた。
「これは……」
「しかし、均等に割っても……」
そこには海外で発案された延命治療について書かれていた。しかし、使われている用語や、実際の理論が簡潔に書かれていたが、専門性が高すぎて、その場にいる誰も理解できていなかった。
しかし、ネックとなる部分は――
「高級車が買える値段だぞ、コレ」
記載されていたのは、払いきれない金額だった。この場にいる人たちの家庭から均等に割れたとしても、それでも高い。そして申し込み期間は数日後だ。
「これは無理じゃな……」
「えぇ……」
結局、話し合いの結果、我が家の持ち回りとなった。私の実父だったし、私が名乗り出なくても私に決まっていただろう。幸か不幸か、医者からは1年は絶対持たないと太鼓判を押されている。恩返しの意味で、引き取った。
それから複雑なことに、父はあっという間に逝った。慌ただしく過ぎる日々で、涙を流す暇なんて全くなかった。
そして葬儀や香典返し、四十九日の法要が終わり、一息付けた時だった。
息子が突然こんなこと言い出した。
「ねぇ! 明日お爺ちゃん帰ってくるって本当!?」
「え!? 一体誰がそんなこと言ったの!?」
あまりにも想定外のこと過ぎて、思わず強めの口調で問いただす。しかし、息子は笑って言うのだ。
「お爺ちゃんが病院で言ってた! お葬式から50日後にお邪魔するって!」
この時ばかりは、死んだ父を恨んだ。なんでそんな嘘をついたのかはわからない。けど人は蘇ることなどない。だから、この後泣かれることがわかっていても言わなくちゃいけない。
覚悟を決めて、息子に真実を話さなければならない。
「あ、あのね。お爺ちゃんはもう死んじゃって、帰って――」
そこまで言って、タイミングが悪く家の呼び鈴が鳴った。
「お爺ちゃんだ!」
そういって息子は、笑顔で扉に向かって走り出す。
「ちょっと! 家の中では走らないで!」
静止も空しく、凄いスピードで玄関の扉を開ける。もしも私のお父さんだったら――
「孫よ! 元気にしてたか!?」
扉の前に立っていたのは、父だった。
それも、死んでしまった時よりももっと若い、私が生まれてきたとき位のは元気一杯の父親が、そこに立っていた。
「……誰?」
若かったころの祖父を知らないのだろう。知らない人が来てしまったことに、息子は酷く落ち込んでいた。逆に父は孫に抱き着いてもらえると思ったのだろう。広げた手は所在を求めてあたふたと動かしていた。
「なんで……?」
そう問いたださずにはいられなかった。
「いやー最近の技術ってすごいんだな! めっちゃ金掛かったけどクローンを作ってもらって、そこに意識を移してもらったんだよ!」
あまりの言い分に、言葉を失う。若いころあれだけの倹約家だったのに、貯金が殆どないわけを今更ながらに知った。
「ってわけで、この体の寿命が尽きる一年間、よろしく!」
そうして、私と息子と若返った父にして祖父の奇妙な三人暮らしが始まった。
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