情報とデータは使いよう。
最近、町で見かけることが増えた職業がある。
「DNA~、あんな子やそんな子の情報は要らんかね~」
ちょっと昔は存在しなかった職業、
「今なら色々サービスしちゃうよ――っと旦那ぁ!」
そして、俺は、この屋台の常連だ。
「毎度有り! ちょっとオマケしといてやるよ!」
俺は人生の負け犬だという自覚がある。
幼い時から人付き合いが苦手で、正しい距離感を計れていなかった。だから仲良くなりたい子には邪険にされ、好きだと思った娘には嫌悪される。そんな地獄みたいな学生生活を抜け出した先では、結局変わらない暗黒の家業が待っていた。一族が代々受け継いできたのだからという押し付けに始まり、全てが嫌になって一族から逃げ出した。
そして、出会ったのが、この趣味である。
早速家に帰り、手を洗うよりも先に、DNAプリンターの電源を入れる。
安物だから仕方のないことだが、起動するたびに、ブオンと骨に響くような振動が部屋中を突き抜けて、安いアパート全てに響き渡る。お陰で、周りの住人からは白目で見られているが、そんな視線は既に10年以上食らっている。気が付かない振りは上手いと自負している。
――水35L、炭素20kg、アンモニア4L、石灰1.5kg、リン80g、塩分250g、硝石100g その他色々。
既に何回もやっているが、やはり材料は多い。手順を間違えないようにチェックをしながら、順番に投入していく。そして最後は――
オマケでついてきた唾液を一滴。貰った瓶から、小指にも満たないほどの雫がポタリと落ちる。自分で言っているのだから、常連にはもう少しサービスしてくれないかとボヤきたくなってしまう。既に、田舎なら家が建つくらいはあそこの店に金を落としているのだから。そんな思考を巡らせているうちに、準備完了の文字がプリンターに表示される。
ポチッとな。少しでも好みの子が生まれないかなと、願いを込めながらスイッチを押す。再び音が響くと、ガタゴトと音を立てながら激しく揺れる。普段はもっと静かなのに、思った以上の手応えに固まってしまう。これはもしかして、本当に好みの子が生まれてしまうのでは――
『カンセイしました。マモナク扉が開きます』
やっときた。流行る気持ちを抑えられず、早足で向かう。
DNAプリンターは情報量と必要時間比例している。そして、今回必要としたのは10時間だ。ただの食料肉を作るのなら30秒、犬猫などのペットを作るなら2時間、ヒトならば5時間で済んでしまう。なのに、今回は倍の10時間だ、期待するなという方が無理があるだろう。
プリンターから液体窒素漏れ出し、白い煙が立ち込める。いつもならば安物と罵りたくなるが、今は、演出の様に感じられる余裕すらある。
人影が立った。
自分の背丈よりも大きいだろうか、想定以上の大きさで、期待に胸が高まる。もしかしたら、今までずっと追い求めてきた――
しかし、人影は留まることを知らずに風船のように際限なく膨らんでいく。そして気が付けば、既に背丈は2mを超えていた。想定外の大きさに声を出せず、立ち尽くす事しかできない。もうDNAプリンターよりも大きい姿になったのを見て、やっと失敗を悟った。
対処法は簡単だ。コップ一杯程度の水をかけてやればいい。
だが、恐怖に支配されて、指先すらまともに動かせない自分には、不可能だった。
まだ膨張は続き、既に天井まで届きそうな程に膨れ上がっている。しかもそれに伴って温度が上がっているのを感じる。徐々に煙が晴れていき、ますます自分の心に恐怖やってくる。更に悪いことに、古い建築物だからか、部屋全体から軋む音が聞こえてくる。これは……本格的に不味いことに――
『膨張ニテ火事ノ危険性有リ、放水ヲ開始シマス』
姿は隠れてしまって見えないが、DNAプリンターからそんな声が聞こえてきた。今まで沢山のプリントをしてきた戦友だが、今以上に頼もしく見えたことはなかった。そのままプリンターは放水を開始し、今度は蒸気の中に影は覆われて、あっという間に萎んでいった。
「放水ヲ終ワリマス」
その声を契機に、部屋に静寂が訪れる。今回生まれてしまったものを確認しようと、慌てて部屋中を探し回るが、見つからない。恐らく放水で縮んで、もう分子レベルの大きさになってしまったのだろう。
失敗。その2文字が突き付けられた。
しかし、こんなところでへこたれる人間ではなかった。
何せ、クローンを作成するのは違法なのだから。平然と法を犯している人物に、そんな恐れなど抱いていなかった。
そうして散乱した部屋を今一度改める。誰かを呪うための呪術書、五寸釘を打ちこむための人形。
人を呪うことを生業とし、それが正式に認められた世の中。そんな人間のちっぽけな犯罪は、留まることを知らなかった。
『――
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