生存確認

 ゾンビが文明を滅ぼして三カ月経った。

 逃げ惑う事しか出来なかった一般の人間には、何が原因なのかすらわからない。ただ、新たなゾンビは対処法がしっかりすれば生まれないということが分かったらしい。早速政府は終息宣言を出した。

 そんな中、男は政府から受けた任務のため、一番被害が多いと言われていたとある町の中を探し回っていた。

 

 

 その町は、道路のアスファルトはひび割れ、車には苔が生い茂げっていた。たった三カ月まで、再開発ブームで盛り上がっていた町が、ディストピアと化していた状況に目を疑った。こんな状態になるのは、やはり今まで想像上の存在でしかなかったゾンビの力なのだろうか。ともかく、自然と融合した廃墟の町で、捜索が始まった。


 この町には思った以上に危険が偏在していた。ビルの中に入れば足元が脆く簡単に床が抜けると思えば、天井にはどこから来たのか猿や蜘蛛といった動物たちが闊歩する。そんな風に一歩を慎重になって歩いていたときだった。

「たす……く……」

近くにあった瓦礫の中から、はっきりと聞こえた。

「大丈夫ですか」

ひとまず声をかける。もし気のせいだったならばそれでいい。ただ、もし違ったなら――

「助けてください!」

思ったよりもしっかりした返事が、やはり目を向けている方向の瓦礫から聞こえてくる。聞き間違いではなかったようだ。

「今からそこ瓦礫剥がしていくので、可能な限り下がってください」

 そのまま持っていた道具を使い、瓦礫を除去していく。


「いつからここに閉じ込められていたんですか」

 あらかたの除去を終え、後は人力で引っぺがしていく段階に入っていた。比較的余裕のできた彼は、気を紛らわそうと話題を振った。

 

「一週間くらい前に食料を探しにここを訪れたんですけど、いつの間にか足元が崩れて、埋まっちゃいました」

「――なら大きな声出せたのは凄いです」

「……そういえば、確かに。人間頑張ればなんとかなるもんですね」

「そういうもんなんですか」

 作業する彼は淡々と返事をする。ここまで話が盛り上がると作業の方が心配になるが、頭上から聞こえる音は、非常はスムーズで迷い一つない。


 ――もうすぐ陽の光が見える。


 それだけに希望を抱いて、瓦礫が一つずつ取り除かれていくのを楽しみにしていた。

 

 やがて、穴の瓦礫が取り出され、人が一人通れるくらいの穴が開いた。

「手に捕まってください」

 そういって、彼は手袋のついた手を穴の隙間から差し出してきた。はやる気持ちを抑えきれず、飛びつくように握った。

「――痛くありませんか」

「大丈夫です! 引き揚げてください」


 

「そうですか」

 そう言うと、彼は握った手を振り払う。

「え……」

「こちらJ-4地区。ゾンビと思わしき人物を発見しました。使用許可を願います」

 

 この人は、何を言っているんだ。


「そこから動かないでくださいね。ゾンビと言えども、痛覚は残ってるのか結構痛がりますし」

「……一体、何の話ですか」

 何かの間違いのはずだ。震える声で、男に問いただす。


「先ほどアナタは俺の手を手袋を介して握りましたよね」

「やりましたけど! それがおかしいって言うんですか!?」

「そこじゃないですけど…… これ、見てください」

 再び小さく空いた穴から、手が伸びてくる。しかし手袋は違っていた。


「緑色の、液体」

「そうです。これはアナタと手を握ったときに付着しました。あの手袋には棘が付いてるので、そもそも人間が握ったら痛がりますよ」

「だとしても! 私はここから出れると思ってたので気が付きませんでしたよ! 大体緑色の液体だって、事前の瓦礫を撤去するので付いたんじゃ!」

 そう、こんなふざけた根拠で殺されたくない。頭を必死に働かして返事をする。

「ならいいますけど、なんであなたは生きてるんですか」

「なんでって、そりゃ頑張ったんですよ!」

「食料、飲料が無い状態で一週間も? しかもそんな大きな声を張れるのに?」


 確かに、私は一週間は何も口にしていない。一週間前は、一週間前は、一体ナニをしていたンダ……

 

『こちら司令部、使用許可が下りた』

「了解」

 無線の音が響くと、男は手榴弾のピンを抜く。


「俺があと一週間早く来てたら助かってたと思います。そこだけは申し訳ないです、死んでください」

 隙間から、爆弾が投げ込まれる。


「仕事完了、かな」

 爆発の衝撃を眼下に見守るこの行為は何回やっても嫌いだった。あそこまで喋っていた人はもしかしたら人間だったんじゃないか、そんな猜疑心に苛まれ――


「A、ahh……」

 未だ煙が立ち込める中、呻き声と共に、人影が立った。あんな爆発の中に佇むなんて人間である筈がない。


 

『こちらJ-4地区。大型ゾンビの出現を確認。至急付近にいる人物の応援を求む』


「お前くらいバケモノなら、安心して殺せるんだけどな」

 そうボヤキながら、男は背後に背負った武器を抜いた。

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