なんにでも恋愛に結び付ける奴ら
木々が風に揺らされ、花を付けた桜が空に舞う。その花弁が肩に付き、男は無意識の内にそれをはたいて落とす。
「きゃっ……」
だがそれがいけなかったのだろう、隣に歩いていた女子の頬にその手が掠めた。
「す、すいません! 大丈夫です――」
「は、はい、全然平気――」
男子は謝罪を、女子は何ともないと、それぞれが告げようと互いの顔を初めて見合わせる。
「………………」
「………………」
その顔は、互いに美しく、そして麗しかった。容姿の整った二人は、傍から見れば徐々に、甘い視線を絡め合っている。無言の間が、いつまでも続いている。しかし、それは決して気まずさからではなく、寧ろ――
その刹那、水を差すように、チャイムの音が聞こえてくる。「遅刻」その二文字が脳裏によぎる。二人はハッと顔を上げ、並びながら校門へと一目散に走っていく。
「うおおおお!! いいもん朝から良いもん見たああああああ!」
その行為を、木の陰から見守っていたAは、大声を憚らず叫んでいた。余りにも甘酸っぱい青春の一ページ、そのプロローグともいえるべき瞬間に立ち会えたのは、最高という言葉では言い表せない程、幸福で満ちていた。その尊さにAは自然と恋愛の神へと祈りを捧げていた。
「……はぁ、アンタ遅刻するよ」
「……B、俺は今恋愛の神に祈りを捧げているのだ」
だが、Bはその言葉に耳を貸さず、Aの耳を掴んだ。
「はーい、聞こえないなー」
「おっ、おい! やめろ! 痛っ、今すぐ止めろぉぉ!」
そのままズルズルとBはAを引っ張りながら、学校へ登校した。
今日は高校二年生になって最初の登校日。
それはつまり、クラス替えを意味していた。校門を潜り、真っ先に目に入ってきたのは合格発表さながらの、大きな紙が貼り出されていた。
「で、俺が新しく配属されたクラスはどこだ……」
Aは自然と目線が鋭くなる。クラス替えとは即ち恋の始まり。誰よりも早くクラスメートの名前を覚え、ああだこうだと、遠くから恋を応援することを何よりも生き甲斐にしているのだから。そして何より、Bと同じクラスには――
「げぇ…… またアンタと同じじゃんか」
そう小さく呻いた、隣で同じく探していたBが一つのクラスを指していた。まさか、最悪の未来を想像をし、その方向を見た。
――2年5組、それが二人が配置された新たなクラスだった。
「――これで、お前とは11年連続で同じクラス……」
Aは不満を隠さずぼやく。小学校の六年間はまだよかった、中学校の三年は偶然が続くものだと楽観していた。
「家同士が隣なのを含めたらもう16年か……いいかげん彼氏でも作って離れたい……」
「あぁ、全くだ……」
そう、AとBの二人は、家同士すら隣同士の言わば幼馴染の関係だった。いい加減うんざりという、その思いはBの態度からしても共通してると言えるだろう。二人はとぼとぼと重い足取りで、新たな教室へと並んで歩き始めた。
「あ、あぁっ‼」
「ふん! あっ、みんなコイツ馬鹿だから気にしないでね」
Aは5組の教室へ足を踏み入れ、クラスを見渡した瞬間、歓喜の声を上げた。一瞬でクラス全員の視線がAに向くが、すっかり慣れたBが素早くAの足の甲を踏み、同時に謝罪を述べる。
「痛ぇ……」
「いきなり大声だすアンタが悪いんだからね⁉」
涙目になりながらAはBに踏まれた部分を撫でる。だがその
「何、一体何があったってのよ」
「俺は朝、恋愛の神に向かって祈りを捧げていたのは知っているな」
「まぁ、私がアンタの耳を引っ張ったんだし」
「その祈りを向けた二人が、二人がこの教室にいるんだ――」
Aは語りながらも、興奮を抑えられそうになかった。同じ制服を着ていたからもしかしたら同学年かもと想像はしていた。だが、二人は同い年、そして同じクラス! あの反応からしてきっと初対面に違いない! これは明らかに恋が始まる事間違いないだろう、その気持ちをどうして抑えていられようか。
「うおおおおお、神様ありがとおおおおお!」
Aはまたしても大声を上げながら、今度は廊下に向かって爆走し始めた。その当の二人を含めたクラス全員は、その行動に誰もが呆気に取られていた。
「私はいつまで、こんなガキの面倒を見なきゃいけないのよ……」
一人呟いたBの言葉が、静かな教室に響いていた。
――だが、その顔には何故か、呆れというより笑みが浮かんでいたが。
「――AとBの二人、聞いてたけど本当に息ピッタリなんだな」
そのままBはAを追いかけ、束の間の静寂は消え去り、新たな交友をは育もうと、和やかな雑談が行われていた。
「あいつらとは初めてか? なら今の内に慣れとけ、今日はまだマシな方だ」
「嘘だろ――」
「それにしてもさ、BはともかくAもさ……」
「わかってる、皆までいうな……」
――お似合いのカップルだよな。クラスの誰もがそう思った。
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