脱毛サロンで元恋人と再会した
人間には誰しも、会いたくない奴が一人はいると思う。自分も例外ではなく、一人存在している。
「げぇ……」
「それはこっちの台詞なんですけど」
思わず漏れた声に、以前と変わらないキツイ口調で咎めてくる。昔はそれに愛おしさすら感じていたが、今はもう苛立ちが増すだけだ。
「あのすいません、お二人が申し込んだのは『脱毛・カップル割コース』なので、相部屋でしかご案内できません……」
「「え……」」
店員さんから告げられたその言葉に、自分と彼女の声は久しぶりに重なった。
フィクションの世界じゃ、恋やら愛なんかは、甘美で刺激的に描かれることが多いけど、実際はなんとなくの成り行きのケースが多い気がする。自分と彼女も、そこまで互いを意識していたわけではない。ただ、なんとなく所属したグループ同士が近くて、なんとなく一緒にいる機会が他の人よりも少し多くて、なんとなく互いの事をよく知っていて、気が合っていた。気が付けば、僕と彼女は付き合っていた。彼女の言葉の端は、一見すれば棘があって周りに人を寄せ付けないような怖さを持つだろう。だが、その裏には必ず相手を思いやる意図が隠されている事に気が付いた。まぁ、恋人となった後でもそれは変わらなかったから、それが素なんだろう。
だが、結局彼女とは別れてしまった。ちょっとずつ距離が開き、じわりじわりと積もった不満は、顔を合わせれば喧嘩ばかり繰り返し、そのままなし崩し的に自然消滅した。
「ちょっと、見ないでくれる?」
「仕方ないだろ……更衣室
だが、何の因果か、自分と彼女は同じ部屋で顔を突き合わせていた。――正直言って、自分は彼女に未練があった。容姿は別嬪というわけではないが、愛嬌があって自分は大好きだった。彼女と話す下らない馬鹿話は、いつまでもしていて飽きなかった。もしあの時間に戻ってやり直せるとしたら、自分は真っ先に彼女との交際を続けたい、そう思っていた。
――どうにかして、復縁のキッカケを掴もう。心の中で自分は固く誓った。
「それでは、田中様、佐藤様の両名の施術を始めさせていただきます」
「よろしくお願いしますね」
「は、はい……ヨロシク……」
現実は非情だ。自分がどうにか取っ掛かりを掴もうと、精一杯努力してみた。既に何回も通って慣れているから、カウンセリングもあまり時間をかけずに済んだから、いつもはしている雑談を殆どせず、彼女をコッソリと出待ちをしたり、待機時間に彼女に話を振ってみようとした。
だが、その全てを彼女はふん、と顔をそむけるだけで、会話をしてくれようとはしなかった。
「では次に、デリケートゾーンに照射させていただきますので、チクっとしますね」
頭の中で悶々と考えていたせいで、自分の施術はあっという間に半分程度終わっていた。だが、自分にとってはここからが一番の鬼門だった。脱毛の為には高出力のレーザーを当てなければいけないのだが、これから当てられる部位は、人に笑われるくらい敏感で、いつも情けない声を出してしまう箇所だ。想像する痛みに、思わず身震いする。
「田中さん、そろそろ七回目なんですから慣れましょうよ~」
「いや、何回やっても痛いもんは痛いですからね⁉」
自分を毎回担当してくれるスタッフに緊張を見抜かれたのか、からかってきた。だが、怖いもんは怖いのだ。仕方がない――
「田中さんはいつからそんなビビりになっちゃったのかしら。あぁ恥ずかしいわ」
カーテンを一枚隔てた向こうの部屋から、芝居がかった口調で、会話を聞いていた彼女が煽ってきた。
「――あれ? 佐藤さんは随分余裕ですね」
初めて受けた時は随分嫌がってたのに、そうポツリと呟きかえす。ここまで煽られて、黙っているほど自分は出来た人間ではなかった。
「私はもう十回は受けてるから、今更怖気づくわけないでしょ、馬鹿じゃないの?」
「俺も今更そんな声上げるわけないだろ? 何を勘違いしてるんだ。――そうだ! スタッフさん、ビームの威力上げてください!」
「あ! スタッフさん! 私も上げて下さい!」
「えぇ⁉ かなり痛いですけどいいんですか?」
「そうですよ! 泣いてもしりませんよ⁉」
こうなってしまえば意地だ。二人ともスタッフの忠告を受け入れるず、絶対にぎゃふんと言わせてやる。互いにその思いが胸中を渦巻いていた。
「「いいから上げてください‼」」
「あんたってさ……昔、っと‼ 変わらないわよね……」
「今声漏れたんじゃないか? そうい、っえ‼ お前こそ、言葉に未だに棘があんぞ……」
「そっちこそ声漏れたでしょ、あれだけ大見え切って、っぇ‼ は、恥ずかしいわよ……」
そのまま二人は、最後まで一番上の出力で照射を続けた。
「えっと……次回の予約はどうされましょうか?」
息絶え絶えになりながらも、二人は最後まで泣き言を言わずに完走した。あのレーザーを何回も浴びれば普通だったら、我慢できなくてギブアップするものだが、二人は最後まで意地で乗り切った。
「「コイツと同じ、一番早く予約が取れる日にして下さい‼」
互いが互いを睨みながらスタッフに向かって言い放つ。そこには険悪なんて言葉じゃ言い表せない異様な雰囲気が漂っていた。
――息ピッタリに同じ台詞を吐いている二人を傍から見たら、お似合いのカップルじゃん。それを目撃したスタッフはそう思った。
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