昼は偶に来ない
開けない夜はない、止まない雨はない、日はまた昇る。どれもが当たり前のことで、事態はいずれ好転するから、そんな願いを込めてその言葉は呟かれたんだろうと思う。
けれど、私の元には昼は
「いぇーい大将、やってる~?」
「……酒瓶持って入ってくんな、酔っ払いさん……」
行きつけの個人経営の小さな居酒屋の暖簾をくぐりながら、私はいつものように酒瓶片手に大将へと絡む。既に何回も繰り返したやりとりだからか、店主も呆れの声色が滲み出ている。
「おそいぞー!」
「こっちはもう始めてるからな!」
酔っ払いの声が店の奥から響く。良く見れば見知った顔が既に顔を赤くしながら空になったジョッキを掲げていた。
「ちょっと待って! 飲み過ぎだよ!」
そして私も、彼らと同じように、酒の席へと誘われていくのだった。
「嬢ちゃん、今日は遅かったな~」
「何、良い男でも見つけたんか!?」
開幕早々、いつものようにプライベートな事にずけずけと踏み込んでくるのは、この居酒屋で最も付き合いの長い二人の爺さんのBとEだ。昼間に見かければそれぞれ上司としてキリっと凛々しくしているが、ひとたび酒が入ればあっと言う間にコンプラ無視のセクハラ野郎に変貌する。私はそんなBとEの二人と飲む酒が一番美味く感じる。
「いないっての! そもそもいらないし!」
「「いよっ! 男前!」」
「うるさい! 酔っ払いの分際で! あと男じゃねえ、淑女だ!」
そんな彼らだからこそ、友人には言えないことも、赤裸々に語れてしまう。まぁ、酒の席だからまともに取り合っていないだけというのもあるのだろうけど。だが、ある意味気安くて、軽薄な関係は、私自身も歓迎していた。
どうせ、皆は昼を見れるんだから。
「「「かんぱーい!」」」
既に何度目かも、何の目的かも分からない乾杯の音頭を取り、ジョッキをふらつく手で突き合わせる。流石に互いに力が入っていないのか、店に響いた音は弱々しくて、それが自分の今を表せているような感じがして、少しモヤっとする。
「それでさ、お前さんの病気とやらは治ったのかい」
「えっと……『太陽の光を見ると、時間が飛ぶように感じる』だっけ?」
「そうだよオジサン。意味わかんないでしょ」
『時間切断体質』
何故発症したのか、どういったものが原因なのか、全く分からないこの病気は数年前に突如として流行り出した。最初は子供が授業中に全く反応しなくなる子が増えた、みたいな話から政治家が答弁中に時が止まったかのように動かなくなったり、アスリートが大会の途中で突如足を止めたりして、本格的な調査が始まった。
結果として○○細胞やら××のDNAに異常があっただの色々あって、私も病気だったと認定された。発動条件は人によってまちまちだけれど、私の場合は太陽の光を浴びる事だ。しかも厄介なことに、必ず発動するわけではなく、浴びたら絶対に時間が飛ぶわけではなく、偶に動けなくなる。最悪なことに、時間が吹き飛んだ瞬間だけは、きちんと自覚できる。あっ、と違和感を覚えた瞬間、陽が落ちる。
このせいで、私の人生設計は大きく狂わされた。日中、突如として動けなくなる、運転など危なくて不可能、そんな自分はあっという間に社会からはじき出された。
「大将ぉ! 生もう一杯ぃ!」
気が付けば、陽が沈んでから目を覚まし、酒を大量に飲む生活が待っていた。ふざけた病気に罹らなければ、そう呪わずにはいられなかった。
「おいおい、流石に飲み過ぎだぜこりゃ……」
「うるさぁい! 私の飲む分は私が――」
「――おい、酔っ払いさんよ」
暴飲を繰り返す私を静止するBの声を無視した時、突如として大将の声が飛ぶ。
「何!? 店の売り上げに貢献してんだからいいでしょ!」
「――お前さん、いつまでそうやって逃げる気なんだい」
その言葉に、脳内のアルコールが一斉に吹き飛ぶ。
「私が好き好んで酒に浸ってると思ってんの!? 知ったような口を聞かないでよ!」
叫んだその声は、店内の喧騒を掻き消した。店にいる全員が私を見ている。その視線が、あの時を思い出す。
――病気とか言って、正直迷惑だよね
――さっさとやめてくれれば良いのに、いつまでいるのあの人
「あ、ああ――」
かつて言われた嘲笑が、頭の中に渦巻く。そうだ、自分は皆にとっていらない人で、存在しちゃ――
「毎日来てんだから暇だろ? うちで働け」
「いい考えじゃんそれ!」
「そうだな、嬢ちゃん別嬪だし向いてるぞ!」
何の脈絡もなく言い放った大将の言葉を、BとEはいつものように無責任に囃し立てる。
本当に突然過ぎて、意味が分からない。――だが、自分を必要としてくれる存在が、こんな身近にいたことが何より嬉しかった。
「いらっしゃいませー」
大将に何度も言われてきた言葉を自分言うには、まだ少し違和感がある。
昼は偶に来ないかもしれない。
けれど今は、それでもいいかもしれない。
そうでしょ、神様?
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