前世の後悔、今世の期待
「もう会えない」
側近には、なんの感慨もなく呟かれたように感じただろう。しかし、心内に万感の思いを抱えながら、絞り出した言葉だった。
あの人が逝ってしまった。まだこれから、共に歩み始めようとしている矢先だった。互いに敵同士の嫡子と嫡女として育てられ、戦場で始めて顔を合わせた日、私たちは互いに一目で見惚れてしまった。許されざる恋心、決して叶わぬ一筋の希望。だが、私は諦めることは出来なかった。命を賭して文を届け、密かに逢瀬に巡り合い、それを幾度も重ねた。いつしか、褥を共にし、戦争終結の大義を、落としどころを、納得を、あらゆる手立てから二人で探った。
そして、ついに思いが実り、戦争は終結へと向かい、二人のの婚姻を和平の証として、両国は足並みを揃える運びとなった。
「終わり、ましたね……」
最後の打ち合わせが終わり、無事に全てが終わったときに、涙ながらにその語った彼女の表情は、一生脳裏に焼き付いて離れないだろう。
全てが終わった安堵、肩を震わせ全身で喜びを表す態度、涙を零しながら私に縋りついた顔。それが見れただけでも、我が人生を賭した価値があったと。その姿を見て、一層愛おしくなった。
だが、その幸せは、彼女の病死という別れで終わりを告げた。一時では暗殺をしたのではないか、敵国との和平を疎んだ過激派の仕業ではないか。そんな風説が男やその周辺を包んだ。
「あ、ああ……」
だが、男は幸か不幸か、悲しみ打ちひしがれ、そんな言葉は耳に届いていなかった。気が付けば、己の喉を、手にした刃物で貫いていた。
男は神に祈り、そして呪った。こんな幸せを奪った理不尽を決して許さないと。もし神がいるのならば、再び彼女と会える世界に行きたいと。
――મને તે ગમે છે કારણ કે તે રમુજી છે
突如として脳に流れたのは、聞きなじみすらない未知の何か。だが、それを私は、神からの言葉だと確信できた。気が付けば私は、どこか別の場所で生まれなおしていた。
どうやら、私が生きていた時よりも、長い時が過ぎたようだった。道行く人々に、血色が悪い者はいない。本を読む人もいるのだから、平和な世で、争いなどとは無縁の世界なのだろう。笑顔が絶えない。
この世界に、唯一持ってくることを許されたのは、彼女が
「――行かねば」
手がかりは何もない。まだ、この世に生まれているか、息絶えているかもわからない。けれど、可能性があるのならば、諦めたくはなかった。私は、前世の後悔と、今世の期待を胸に、希望を持って一歩踏み出した。
「ふふふ……」
侍女にはきっと、突然嘲笑されたように感じたでしょう。あながち間違いではなかった。あの男の事を思うと、胸の内に秘めなければならない
私はあの人の目の前で死んで見せてやった。王宮に召使えた侍医が発見した現象、”仮死状態”とやらを実践して見せた。特別に調合した丸薬を飲めば、心臓を数日の間止め、死を偽装できる。その後、適切な処置を施せば、無事に生き返ることが出来る、夢の様な代物だった。
互いに敵同士の嫡子と嫡女として育てられ、戦場で始めて顔を合わせた日、私は、相手を一目見て、吐き気を催した。あの醜悪な体形は、容姿は、人間なのかと。全身が総毛立つ感覚を、生まれて初めて覚えた。だが、彼は安くはないだろう命を賭けて、私に文を残した。一目見て、私は松明へと放り投げた。汚い字で綴った恋文は、幼稚で読むに堪えなかった。
だが、これは同時に使えると、この下らない戦争を終わらせることが出来ると。そこからは、行きたくもない逢瀬を重ねた。愛の言葉は、いつも定型で変化が欲しかった。褥で交わったとき、体重の重さに、その身が潰されそうになったことが、幾度もあった。
「終わり、ましたね……」
嘘泣きは初めてだったが、彼は蝶よりも、華よりも、丁重に私へ触れた。その太い指に触られるのがこれで最後になるかと思うと、嘘の涙は、次第に真になった。
だが、そこから悲劇が襲った。丸薬を飲んだが、侍医が即座に責任を取って処刑されたのだ。適切な処置を知る人物は、機密維持のため、私と侍医しか存在しなかった。
――そのまま、私は死んだ。
しかし、その摂理を覆したのは、南蛮の言語を喋る人物だった。
――મને તે ગમે છે કારણ કે તે રમુજી છે
気が付けば、私は、生まれ変わっていた。
その場所どうやら、私が生きた時より、長い月日が過ぎたようだった。道行く人々に、血色が悪い者はいない。本を読む人もいるのだから、平和な世で、争いなどとは無縁の世界なのだろう。
ここで、再び人生をやり直すことができるのだと、歓喜した。二度と前世のような間違いは侵さない。私は、前世の後悔と、今世の期待を胸に、希望を持って一歩踏み出した。
「「あっ……」」
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