冥土の土産を買いに行く

 国内有数の大企業を複数抱え、世界にその名を轟かす企業。その唯一の息子となれば、それはもう大層我儘――いや、奔放に育てられた。

「我が侍従よ」

「はっ、ここに」

 そして、その欲望を実現するのは、傍に控える侍従たちだ。日替わりの当番制である彼らはし、自分の持ち回りの日に、その突飛――飛躍した発想に付き合わせる事を恐れていた。

「――冥土の土産を買ってこい」

「………………は?」



「お坊ちゃま、恐れながら具申する事をお許しください」

「断る。さっさと、我の下に冥土とやらで売っている土産物を買ってくるが良い」

「……申し訳ございません。無礼な真似と猛省致します」

 まずい事になった。

 謝罪の為に下げた己の顔は、鏡で見なくとも真っ青になっている事が容易に想像がついた。

「――では、失礼します」

 だが、この場にいては何もできない。周囲の侍従の憐れむ目を背に部屋を後にした。

 

――この馬鹿御曹司に無理難題を言われたことは侍従の間で幾度もあった。やれ遊園地を貸し切れ、海外の危険地域に連れていけ。これらは莫大な金と人員を費やすことが出来る分、まだ温情があった。だが……

「冥土の土産ってそういう意味じゃねえから!」

 思わずそう叫ばずにはいられない。周囲の使用人はその大声に体をビクッと震わせたが、それを気遣う余裕は全く持ち合わせていない。

 そもそも冥土とは死の世界、それに持参できるような思い出や情報の事を指している。もしかしてもう人生に終止符でも打ちたいのか、そういった意味でなければ、今すぐ寝首を掻いて決着けりを付けてやるというのに。

 

「どうすればいいんだ……」

 そもそもあのバカ息子の侍従に求められているのは、彼の要望をどんな手を使っても叶える、その一点だ。今までもそんな理不尽な欲望を満たせなかった同期や先輩にあたる人が、無情にもクビを宣告されている姿を何度も目撃している。次の退職者は自分になるのか、胸中は絶望で支配されていた。だが――

「やるしか、ないんだよな……」

 彼の幼少期から付き従っている、今や最古参となった身として「出来ません」等いう事は出来ない。せめて、その奔走が露と消えようとも、努力の徒花は咲かせるべきだろう。そして、侍従は思考を重ねた。

 

――腹は決まった。誤魔化しきるしかないだろう。侍従は静かに決意した。


「お坊ちゃま、用意が出来ました」

「ほう、早かったな……だが、何も持っていないようだが」

「――恐れながら、既に土産は準備されています。しかし、お坊ちゃま自信で体験していただけなければ、真の土産にはならないと熟考した次第でして――恐れながら、御足を煩わせる無礼をお許しください……」

 これは賭けだ、それも分が悪いなんてものじゃない。今まで自分から動くことなど極稀なこの男に促されて行動させるなど愚の骨頂、恐らく多くの侍従はそう言うだろう。事実、お坊ちゃまの後ろに控える多くの侍従は、驚きの表情を浮かべている。だが、私は現在お坊ちゃまの筆頭侍従にして、最も長い期間従っている最古参なのだ。――可能性があるとしたら、そこしかない。能面の様に表情を硬め、お坊ちゃまの言葉を待った。

「――よかろう」

 そういって、王室にも使われている本革の椅子から立ち上がる。それだけで、侍従からはどよめきが起こる。そうだろう、彼は立ち上がる姿を見た者はいないのだから。だが、私は賭けに勝った。

「ご案内致します」

 第一の関門を突破したことにホッと胸を撫で下ろしたものの、まだ冥土の土産には辿りつく事は出来ない。お坊ちゃまを乗せるための車の扉を開きながら、改めて決意した。

 

「「「いらっしゃいませ! ご主人様!」」」

「ほぉ……」

 そして私は、お坊ちゃまをへと連れてきた。

「……どうでございましょうか」

 苦しいことなど百も承知だ。をかけるなど、駄洒落ですらないただのトンチだ。だが、これ以上の発想は貧弱な脳味噌では思いつきそうになかった。私は祈るような気持ちで、坊ちゃまの顔色を伺う。

 

「――これは面白そうじゃないか」

「――はっ!」

 ピアノ線で綱渡りを渡ったかのような気分だったが、なんとか突破することが出来た。そして目で店長に合図をし、最も愛想が良く、粗相をしないメイドを人数の許す限りついてもらった。


「「「それでは! 愛情を込めさせて頂きます!」」」

 オムライスにケチャップを掛けるのにも、3人がかりなのだから、一般の客が見たら失笑を漏らすことは間違いないだろう。勿論店舗は貸し切りにしているが、ついているメイドがそんな指摘をしないことを祈るばかりである。

「……うーむ、良いな」

 ――恍惚とした表情でボソッと呟いているところをみると、満足できているのだろう。

 

「「「ありがとうございました‼」」」

 そうして、無事にメイドから買い物を済ませ「メイドの土産」を買う事が出来た。無事に終わったことに派手に喜ぶことは出来ない物の、ホッと胸を撫でおろした。

「いかがでしたでしょうか」

 幸せそうな表情を浮かべるバカ息子に、侍従として尋ねる。

「そうだな……お前は首だ」

「――は?」

 だが、返ってきた言葉は全く想定もしていなかった。

「確かにこのお遊戯は興味を引くものではあったのは間違いない。だが『冥土の土産』を『買ってこい』と我は命じたはずだ。それを違えたのはお前だぞ」

「…………」

「どうした、さっさと買ってこない――」

「あー、もう面倒だ」

 ここまで人生を捧げ、このドラ息子に尽くしてきたのに、この仕打ちか。もう、全てがどうでもよくなり、護身用に持っていた拳銃を胸元から引き抜く。

「それでは! これより冥土に逝って買いに行ってまいります!」

 何かが破裂した音が響いたと同時に、侍従はその場へ倒れ込んだ。

「――全く、仕事が遅すぎるな」

 一瞥もくれずそう吐き捨てると、傲慢な息子は車へ乗り込む。元から、傍には何もいなかったかのように。


「はぁ……」「勘弁してくれよ……」

 傍に控えた他の侍従が、後片付けを始める。ここまで汚れがついてしまっては掃除が面倒だな、そんな思いを抱えながら。

 

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