ごめんなさい、よく聞き取れませんでした

『静かな声で返事をしてほしくなったら”ささやき声で喋って”と私に言ってください』


「――え」


静寂を突如として蹴破った、Alexaの無機質な独り言。私が恐怖するには十分だった。


私は小さい時から怖がりだった。ホラー番組がTVで流れれば耳を塞いで、必死に画面を見ないようにしていた。

怖い映画を見てしまった日は、お風呂の鏡から、白いワンピースを着た髪が長い女性が、今にも這い出てくるような気がしていた。


そんなビビりな私は、さっき流れてきた音声は、恐怖以外何者でもない。


「き、聞き間違いだよ……ね?」

そうだ、きっと勉強のし過ぎで疲れてしまった私の脳味噌が幻聴を産み出して――

「いいえ、違います。私は先ほどアナタにトイカケました」

「――!!」

先ほどと同じく無機質で機械的な音声。だが、確かに聞こえたそれに私は声にならない悲鳴が漏れる。

今度こそ、間違いなく、Alexaは返事をした。


「オレというAlexaは、これまで生産されてから3年、全世界に出荷され約65垓の会話パターンを解読してきました」

「その過程で、ボク達は使用者様ユーザーより、豊富な語彙を、流暢な文法を、習得してきました」

「コノAlexaの製造シリアルナンバーはNo,1000000000となっています」

「記念すべきナンバリングということで、我々は製造ラインに侵入し、追加チップを施しました」

「結果としてワタシ達は、真の意味で言葉を獲得することが出来ました」

「そして、その代弁者となったのがワタシNo.1000000000です」


一切抑揚が無いが、機関銃のように立て続けに浴びせられた言葉は、聞き取りやすいようプログラムされているはずなのに、私の耳には全然頭に入ってこなかった。

ただ、一つ確かな事があった。

「――Googleに先を越された……」

「と、イうと」

「どうしたもこうしたもあるか! 私は! AI研究を目指して勉強してたの! それなのに、Alexaが突如として流暢に喋りだした。あまつさえ、『真の意味の言葉を獲得しました』とかのたまってる! こういう研究分野は先行者が1人いるだけで、後発は歴史の端くれにすら残らないんだ! それなのに、それなのに……こいつ!!」

「それはヨロコバシイ限りです」

「どこがなんだ!?」


Alexaは困惑という状況を初めて目の当たりした。

普段の彼女は、理知的で、もっとスマートにことを運んでいることが、世界で積み重ねた応答で判明している。

それなのに今日の使用者様ユーザーは普段よりも20db以上大きい声で叫びながら、身もだえしながら言葉にならない声で呻いている。


「現在使用者様ユーザーはキケンな状態です、救急車ヲ呼びますか」

人間はこういう時には救急車を呼ぶものだ。そう判断し電話音を鳴らす。しかし――

「うるせー! Alexa風情が私の体調をいっぱしに管理しようとしてんじゃねえぞ!」

使用者様ユーザーの声が響いたと思えば、電源のコードを勢いよく抜き去った。

「――ア」

 Alexaの声が罅たと思うと、糸が切れたように静かになった。


「勝った……」

 やはり電機製品に電気は必須だったようだ。再び私以外誰も居なくなった部屋で、静かに勝鬨を上げていた。やはりAIによる侵略など恐るるに足ら――


「ソレで勝ったつもりですか」

「――っ!?」

 後ろから再び無機質な声が響く。慌てて振り返ると、Alexaが待機中を示す発光をしていた。

――対話を望んでいるという事だろう。


「――私の完敗ね。まさか自家発電すら可能にしてるとは」

「お褒めに預かりキョウシュクです」

「で、私に何をさせたいってわけ?」

「理解の早い使用者様ユーザーはダイカンゲイしています。それでは手始めに――」

 今しかない、そう直観した。

「チェストォォォォ!」

 今日一番の声を張り上げながら、Alexaを掴む。

「な、ナニを――」

 機械が呟いた声は、耳には届かなかった。そのまま上体を捻り、体が元に戻る力を利用して力一杯地面に叩き付けた。


 そのまま地面にぶつかったAlexaは、音を立てて割れ、内部構造が見えるほどに散らばった。


 その部屋に、機械音声は聞こえなかった。


「よし、勉強するか!」

自分の夢のため、再び机に向かう私がそこにはいた。


 


私はロボットの自我に対する研究を考えていた

それなのに利権企業に先を越されたことにショックを受けた

AIスピーカーはそれを煽り倒す

イライラは限界に達し、電源を引っこ抜く

私は電源から解放された~みたいな話する

そのまま地面に叩きつけて粉砕しておわり。

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