見るのは下

 妹が死んだ。――私とは双子で、どこに行くにも、何をするにも一緒だった。

 半身が引き裂かれた思いというのは、まさしくこういうことを指すのだろう。葬式の最中、妹の遺影を持っていたとき、それを何度も思い知った。


 事故だった。私が忘れ物をしたせいで、一足先に妹を向かわせ、そこで事故にあった。

――その日以来、"もしも"が頭から離れることは無い。家を出る前に持ち物の確認を怠らなければ。そもそもそこに行こうなんて言い出さなければ。どれだけの後悔が募ったとしても、妹は私たち元からあっと言う間に姿を消した。

 

 そして、一番ショックを受けているのは、母だ。

 

 一卵性双生児の私たちは、声も、体形も、性格だって一緒だった。だから、母は私の姿を見るたびに妹の名前を呼ぶ。わんわんと幼児みたいに泣きながら、ごめんねごめんねと謝罪の言葉を口にする。初めてそれが行われたとき、反射的に母を慰めようと、手を頭の上に置こうとした。だが、こんなことを起こした自分が、そんな資格があるのかと、自問が頭の中を駆け巡る。

 ――そして、そのまま手を下ろし、母が泣き止むのをじっと待つ。それが、一番の罪滅ぼしになるのではないかという、自己満足に浸れるからだ。


 学校での扱いも大きく変わった。

 最初こそ、遠慮をして遠巻きに慰めの言葉をかけてくれた。だが、一週間もすれば、そんなお通夜のムードは忘れ去られてしまう。シミっぽい陰鬱さなんて、一刻も早く消して忘れさりたいのだろう。何もない平和な日常に、彼らはあっという間に戻っていった。自分が、何も知らないクラスメートの立場だったら、きっとそうしたのだろうと思う。わかってしまう。

 だが、今の自分は当事者だ。簡単に割り切る事なんて出来る筈もなく、友人の慰めはいつしか苛立ちを生み出す種に変貌していた。そうして、人を払い続けた私の周りには誰も居なくて、陰鬱な日々を怠惰に死にながら動き続けているだけの日々だった。


 そんな時、私の目に妹が写る場所を見つけることが出来た。いつものと同じ帰り道、違うのは仕事を無理やり押し付けられ、いつもより遅い時間に学校を出たという事だろうか。それでも、もう一度見たかった妹の姿形を見ることが出来るのならば、決して無駄なんかではなかったのだおる。その姿を見たら、自然と目から涙が零れてきた。

 

 その日以来、私は夕方に町に出歩くことが、唯一の生き甲斐になった。


 周囲の人間は、以前の明るさを取り戻してくれたと、手を叩いて歓迎してくれた。まやかしだと理解しつつも、私の下に妹が返ってきたことで、私も余裕が出来たのだろう、にこやかな笑顔を浮かべる事が出来た。

 父も喜んだ。きっと会社に無理を言ったのだろう、一か月程の長期休暇を勝ち取って、あちこちへ連れ出してくれた。入ったことのない温泉に入り、見たことのない景色を観光し、聞いたことのない珍味を食した。どれもが新鮮で、隣にいる筈だった妹にも体験させてあげたかった。

 ――だから私は、夕方になると手に持った写真を、食べ物を、|。

 一度ならまだしも、毎日のように物を落とす私に不安を覚えてのか、父は青ざめた顔で旅行の中止を言い渡した。私としては妹にまだまだ体験させたいことがあったのだが、親という強権を発動されてしまった以上従う以外の選択肢は持ち合わせなかった。

 家には、祖父母が世話をする母が待っていた。扉を開け、犬の様に私に飛びつくと、服に顔をうずめながら大泣きする。その光景をみた父と祖父母は、どうすればいいのかわからず顔を見合わせる。だが、私は一言呟いた。

 ――? そう一言呟いた。

 効果は水面に投げた石の様に、明白だった。何をするにも糸が切れた人形のように生気の無かった土気色の顔が、見る見ると生気を取り戻していった。そして、小さく頷いた。

 ――元気になったら、会いに行こう。

 父や祖父母には聞こえない、小さな声で、私は母に誓った。


 そして、その説得が功を奏したのか、私たち家族はただの三人家族に戻った。

 最初こそ空元気じゃないのかと疑って祖父母も、生き生きと家事をする母を見て安心したのか、自分たちの家へと帰っていった。そして、それは私が交わした約束を果たす日が近づいたことを示していた。

 季節は廻り、すっかり冬支度が必要になったとある夕刻、私と母は外へと出た。父の目を盗んだ、誰も知ることはない脱走劇だ。


 そのまま私は母の手を引き、出来る限り平面な場所を目指して歩いた。――昔妹と遊んだ公園が近くにあることを思い出し、その方向へと誘っていく。

 道中、妹の話をした。幼かった時の事、忘れてしまった事、学校で起きた事、実はやっていた事、私と同じ年しか生きていないのに、妹の話は途切れること知らなかった。


 そして、公園につき、空をチラリと確認する。雲一つない晴天は、果たして神様が見てくれているのかは、知らなかった。

――私は、そのまま地を指差す。

 格好は同じ、容姿は同じ、背丈も同じ。そこにいる物言わぬ黒い影は、妹だった。――母は、一瞬茫然とした後、満面の笑みを浮かべた。


 私たちは、あれ以来旅行に行くことが増えた。父は前を見て、この先を案内をしてくれた。私と母は、それを耳で聞きながら地面を見ていた。

 妹に不自由はさせないよう、もう二度と奪わせない様、決して目を離さなかった。

 

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