兵器マニア
そもそもの原因は誰に言われるまでもなく自分だ。天気予報をろくに確認もせず、多分大丈夫なんて無根拠な過信だった。ここを待ち合わせ場所にしたことも、場所を変更したくとも連絡を入れられずに今に至ったことも、全部僕の責任である。
「……だからって、ジャミングが降らなくていいだろがよぉ……」
空一面を覆っているのは、電子戦機とか呼ばれる飛行機だ。この物量なら、臨戦状態の隣国にちょっかいを出しに行くのだろう。だとしても、僕と彼女との初デートの日に威嚇なんてしなくてもいいじゃないか。口にだしたらどうなるか分かったもんじゃない、内心で毒づきながら、空を見上げていた。
「地道に探すしかないのか……」
男は、未だ見つからぬ彼女を探し、とぼとぼと歩き始めた。
「ラッキーじゃない」
空一面に広がる飛行機を見て、めかしこんだ女性は嬉しそうに口角を上げた。元々親同士が行き遅れを心配して、時代錯誤に無理やりセッティングしたお見合いに、ハナから興味はなかった。そして、この状況を上手く使えば、自分がこの逢瀬を回避することができるのではないか。
「お嬢様、口元のニヤけを隠してください。はしたないですよ」
近侍のその言葉に、女ははっとする。
「いいじゃない、これくらい表情が柔らかい女の方がモテるって、SNSで言われてますよ」
「それ以前に、貴女様は大企業の令嬢なのですから。それ相応の風格というものが求められるのですよ」
「……五人兄弟の末妹にまで、それを求められてもね」
実家は安息の場所で、唯一己を癒せる場所だという人は多いけれど、私にはそんなことはなかった。一代にして成り上がった起業家どうしがくっついた家柄は、今まで裕福だった階層の人たちからは身分不相応と嘲笑され、特に突出もしていない一般階級の人たちからは、羨ましいと嫉妬される。
それを跳ね返さんと、二人の兄と姉は頑張ったらしい。私が物心ついたときには、羨望を向けられることは少なくなっていた。だから過度な努力をせずとも、日常を過ごすことが出来た。だが、その幸運を兄妹は許してくれなかった。同調圧力、自分は頑張ったのにという恨み、そんな悪意の視線に、常に晒された場所で、気を休めることはできなかった。
だが、そんな環境に幸か不幸かいつの間にか慣れてしまった。視線という物にある意味で頓着しなくなったせいか、私は居間を常に独占する邪魔者になっていた。いつの間にか纏められていた婚姻話は、顔が良ければ考えなくはないが、そもそも興味は――
その思考が埋まる前に、頭上から大きな音がする。エンジンの駆動音に、周囲の人たちも一斉に顔を上げる。見れば頭上からヘリコプターが近づき、タラップが開かれたと思えば、私の近くに縄梯子が落ちてきた。
「うわぁ……」
「えぇ……」
例の相手は、派手なサプライズが好きだと聞いていたが、まさかこんな馬鹿だと思っていなかった。近侍と一緒に私は頭を抱える。
『お嬢様、お迎えに参りました』
いつのまにか電波が戻っていたのか、手元の端末にはそんなメッセージが届いた。ご丁寧に、飛行機内部の写真も添付していた。もしかしたら別の人がやったのかもしれないという、一抹の希望を粉々に爆破した手腕は、一周回って褒めたくなる。だが、それ以上に許せないことがあった。
「「なんで、SE.3130 アルエット II を使わなかった!」」
「「え……」」
なぜか私と全く同じ事を呟いた人物が、隣にいた。私たちは、顔を見合わせた。
男は、歓喜していた。初めてのオフ会、連絡も取れないし、その人に会うことは無理なんじゃないかと思っていた矢先だった。何故か離着地点もない筈なのに、町のど真ん中に降下していくヘリコプターを見つけてしまって、吸い寄せられるように行った先に、その人はいたのだから。まさか女性とは思っていなかったけれど、逆に美人すぎて緊張してしまう。
「会えてよかった……『らぶ@兵器』さんですよね!?」
「違いますけど」
その瞬間、男の顔は困惑を隠し歴れなかった。先ほどハモった機体名は、マニア位しかしることはない。そんな人が、今日開催される兵器オフ会に参加しないとは思えなかった。
「……今日って、オフ会の予定とかってありますか?」
「オフ会? いつか、行ってみたいですが、これから予定がありまして」
そして女性も、同じように困惑の色が隠せていなかった。もしかしたら、別の人と一緒に参加する予定なのかと思ったが、それも違ったらしい。
「――そ、そうでしたか……。失礼しました……」
人違い、そうわかり、どっと力が抜けてしまう。男はしょぼくれた背中を向けた。
「ちょっと待ってください!」
だが、その歩みを止めたのは、女性だった。
「は、はい?」
「……ロシア海軍の現役空母『クズネツォーフ』の正式名称は?」
「『重航空巡洋艦アドミラール・フロータ・サヴィェーツカヴァ・サユーザ・クズネツォーフ』です」
「……私も、そのオフ会に参加させてください!」
「「え?」」
近侍と男の声が重なる。
その後、なんやかんやあって、近侍の説得を振り切り、二人でオフ会へ飛び込んだ。
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