な、だれ?

 目の前にストーブが現れた。温もりを求めて、手をかざしてみる。すると、手の平だけではなく体全体を熱気が包み込む。そう、これが俺が求めていた暖かさだったと、昔を思い出す。

 今よりもずっと幼かったころ、自分はかなりの悪ガキだった。タイチョーと慕っていた友人と一緒に、養鶏場で卵を盗んだり、畑から野菜を盗んだり、お湯をこっそりと盗んだりしてきた。そう、生きるためには仕方が無かった。悪いことだとは分かっていたけれども、ストーブを買うためには仕方が無かった。だから、今目の前にあるストーブが世界で一番重要な温もりだった。しかし、どこからから地面が崩れる音が聞こえる。轟音が響き、何かが落ちてくる。なんだ、今温まってるのに――


「危な――」


 誰か、女性の声が聞こえた気がする。だが、自分が食らった衝撃で、冷たく柔らかい地面に激突する。

 

「あ、あぁ…… 暖かいなぁ……」

「おい! S! しっかりしろ!」

 誰かに体を揺さぶられ、己の名を誰かに呼ばれる。いつの間にか、目の前のストーブは消えていた。

 

「俺のストーブ、ストーブは……」

「おいしっかりしろ! 死ぬぞ!」

 幻覚のストーブに手を伸ばそうとするも、死、その言葉に自分の意識は明瞭になっていく。気が付けば自分は、数歩先も見えない吹雪の中にいた。


「あぁ…… なんでこんなところに……」

 何故自分がこんなところにいるのか、こんな猛吹雪に今自分がいる理由も、全くわからず、ただ困惑するしかなかった。

「そんなバカな事言っている場合じゃないでしょう! 今の隊長は貴女なんですから!」


 隊長、たいちょう、タイチョー……

 

「――っそうだ! 今、俺は!」

 そうだ、今自分達の隊は、猛吹雪で道を見失い、遭難しているということを思い出した。だが、同時に彼の言葉に猛烈な違和感が湧き上がる。

 

「"隊長は貴方"? お前は何を言ってるんだ、俺らにはタイチョーが付いているだろ!?」

 何をふざけたことを言っているんだ。この雪山登山を計画したのも、今まで隊を引っ張て来てくれたのも、全てタイチョーのお陰だった。なのに、何故、彼の頭の中からその存在が消えているんだ。


「貴女こそ何を言っているんですか!? この隊は、元々二人でしょう!?」

「……なにを」

 悪夢としか思えない。この隊は、元々だ。そして自分の目の前にいるのは、Jで、この隊の最年少メンバーだった筈だ。なのにJはこの隊は二人だという。慌てて周囲を確認しても、足跡は既に豪雪で掻き消え、互いに結んだ命綱も、SとJの間にしか存在しなかった。そうだ――

 

「タイチョーは今行方不明で、現在捜索するかの議論をさっきまでMやAとしていただろ!? Jは覚えてないのか!?」

 だがSの記憶で確実に記憶出来ているのはそこまでだった。思い出せる人数と、参加した人数が全く合ってない。きっと自分もJと同じように、記憶が混濁してしまっているのだろう。Jは全く納得がいってないのが、防寒具を着こみ、殆ど表情が見えないゴーグル越しでもわかる。

 

「ひとまず、どこか休める場所を探すぞ」

 一旦休憩し互いの認識のずれを確認する。まずはそこからだった。


「――まさかこんなにあっさり見つかるとは……」

 Jの言葉通り、呆れるほどあっけなく、セーフハウスを見つける事が出来た。しかも、薪や着火剤を始めとして、寝袋や食料、着替えの服すら用意されている。あらたな備品を見つけるたびに、何かに巻き込まれているんじゃないか、罠なんじゃないかと勘繰ってしまう。だが、今は疲労も貯まり、一刻も早く身を休めたかった。Cは汗で濡れた服を着替えようと、服の裾に手をかけた。

「ちょ!? 何やってるんですか!?」

 しかし、それに待ったをかけたのはJだ。何故か顔を赤らめ、視線を明後日の方向に向けている。

「何って…… そりゃ着替えだけど文句あんのか?」

「ちょっとは恥じらいを持ってください!」

 ますます意味がわからない、山においてそんなプライバシーなんて存在しないも同然、今更Jは何を恥ずかしがっているのか全く理解できなかった。

「C隊長はなんですから! 嫁入り前でしょ!」

 その発言にCは思わず吹き出す。何を言っているんだ、俺が女……

 

――しかし、そこで何かが繋がる。

 

 『危ない!』


 確か、幻覚を見ていた時、女性の声を聴いた。そして、彼女は、俺を何かから守ってくれた。そして、

 

 一度疑惑の目を持つと全てが疑わしく見える。見てみればJも変だ。こいつの体に盛り上がった筋肉は無かった、細かいことは豪快に笑い飛ばす奴だった。それはAと、Mの特徴――


 その時、聞き覚えのある轟音が響く。窓を除けば、木々が薙ぎ倒され、頂上から土が混じった雪がセーフハウスへと押し寄せてる。



 「雪崩だ」

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