贅沢で、無駄遣い

『目的地ニ、到着シマシタ』

 AIがそう告げ、車内の扉を開ける。貧乏人が使うような安い機体だろうか、ガチャンと大きな音を立てて開いた。

「……はぁ、もっと金持ちになりてぇ」

 そんな小さな劣等感を積み重ね、Cは今日もまた、そんなこと愚痴を吐くのだった。


 Cの家は飛びぬけた金持ちでもなければ、底抜けの貧乏でもない、一般家庭に生まれた。最近は情報の格差というものが少なくなった性か、贅沢が、貧困が、より身近になっていくのを感じていた。画面を隔てた向こう側にはきっと高い建物の上で、高級なワインを躊躇なく開けている人間や、その日の飯すら困窮する人間がいるのだろう。

 

 けれど、自分にはそれらは縁遠くて仕方がない。

 どうせ、自分たちには手が届かないのだろうから。


 

「あぁ…… 自家用車を買って、自分で運転してみてぇなぁ……」

「自動運転のタクシーでいいじゃん、なんでそんな無駄遣いするんだよ」

 機体に同乗していた同僚のZは、Cの言葉を軽くいなした。


「あのさぁ、お前には浪漫って言葉は無いのか?」

「お前こそ、いつまでも過去を追いかけているんだ。もう2200年だぞ? 大抵のことはAIに出来るんだから、任せたらいいじゃねえか」


――彼の言っている事は、一般的で正しいとされている。

 

 確かに自分は懐古主義で、できればこんなAIによる支配ともいえる世界なんてぶっ壊われてほしいと思っている。だけれど、生まれた時からチップが埋め込まれ、全ての行動を監視されている状態で、そんな大層な計画を立てる事なんて不可能だ。

 確かに今の世の中は便利だ。視力を外部の器具に頼らず目薬一つで解決するし、昔の死亡理由のトップだった癌だって今じゃ簡単に治療が済んでしまう。確かにそれは、諸手を挙げて喜ぶべきことだ。しかし、それによって失われた営みや、文化といったものが、今日において消失したという事実に目を向けると、やはりどこかにしこりが残る、そんな気がしていた。

 


 

「はぁ……」

けれど、ため息を吐かずにはいられない。手に入らないものこそ最も価値があると昔の偉い人はいっていたようだけど、自分が求める物も、同じようだ。

「幸せが欲しいもんだ……」

「なもん、さっさと仕事すれば手に入るだろ」

 そういって大雑把な性格のZは元気づける為、荒っぽくCの肩を叩く。その衝撃で、Cの体に埋め込まれているチップが反応し、脳内でセロトニンが分泌される。


「――そうだな、ありがとよ」

 脳内に噴出されたホルモンによって、Cのささくれだった心もすっかりと凪いだ。

「よし! じゃあ今日も働くぞ!」

 そのままスッキリとした気分で二人は仕事場へと歩き始めた。




「おい! CとZ! 遅刻10分前だぞ!?」

 仕事場の玄関を潜り抜けた途端、頭上のスピーカーから理不尽な上司の怒鳴り声が聞こえてくる。


「……遅刻してないなら良くないか?」

「同意。所長も金遣い荒いし、メンテを怠ってんじゃねえか?」

 二人は小声で不満を語り合う。この施設は老朽化が進んで、まともな収音機が存在しないことは周知の事実だ。だから多少の悪口を言っても気づかれることは無い。しかし、Cは所長を嫌いにはなれなかった。自分と同じように、彼も不満を持っているんだと考えたら、少し仲間意識が湧いてくるからだ。


「キビキビ動かんか! 今日は上役が視察にくるんだ! さっさと支度を済ませろ!」

「――そんなに怒鳴りながら部下に指示をしては、まともな人材に育てることは出来ませんよ、所長」

 

 その時、二人の背後から、聞いたことのある声がした。

 

「第一、二人は遅刻すらしていないではないですか、感情をコントロールできないとは、何とも嘆かわしい……」

 CとZは振り返る。――そこには、自分たちの会社の社長が立っていた。

「しゃ、社長!? 来訪時間にはまだ二時間ほどありますが!?」

 スピーカーから漏れる上司の声は、明らかに動揺を隠しきれていなかった。もし従業員のこんな場面に遭遇してしまった時、経営者がとる行動は一つしかない。


「――U所長、君をこちらに呼び寄せるから衝撃に備えなさい」

 そういって社長は懐から何かを取り出し、地面に向ける。

「ちょ、待って――」

 するとスピーカーから聞こえた声が途絶え、自分たちの目の前にUが現れる。


物体瞬間移動テレポート……」

 非常に高価な代物としてしられる使い捨ての道具を、躊躇なく使い捨てた。それだけで、Cは社長とは隔絶された存在だとわかってしまう。そして、いつの間にか取り出した拳銃を、Uのこめかみに付きつける。


「厳罰だ。なに、生命複製機器リスポーンの手入れを欠かしていなければ問題ない」

「ま、待って――」

 発砲音が一発響き、Uが地面に倒れた。


「私の銃は高性能でね、死体から血液が出ないんだ」

 

 何事もないように事を成した社長と裏腹に、Cは目の前で起きた光景に衝撃を覚えていた。隣にいたZも口を押え、ショックを受けている。そうだ、だってあんなに簡単に人が、死――

 

「君たちは初めてだったか。ならお詫びをしなくちゃな……」

 そういって、社長は申し訳なさそうにしながら、懐から何かを取り出し、CとZに見せた。

「フフ……」

「ははっ、面白いな……」

 CとZは目の前で起きた光景が、面白く映って仕方無かった。先ほど何故か零れそうだった涙は引っ込み、今は腹を抱えて笑いたい気分だ。


「"笑い薬"とはよく言ったものだ。なに、暫くそこで笑っていれば、気分も晴れるだろう」

 遠くから声が聞こえる。

 

 あぁ、確かに自分が抱いていた夢も、今起きたことも、全てが面白い。


 はは、ははは。


「従業員の笑顔の為には身銭を切る。これは決して贅沢でも、無駄遣いとは言わせないよ」

 

 誰かが呟いたような気がした。



 







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