恥ずかしがりやの王妃様
昔、自分の顔が見られることが嫌いな、王妃様がいました。
王妃様は常に扇子を手にもって、顔に当てていました。きっと彼女の顔は醜いのだろうと、人々は口を揃えて言いました。そうでなければ、食事すら王である夫と一緒に食べるでしょうから。
実はここだけの話、王妃様の正体は、わかっていません。
ある時、王子様が戦争から帰ってきたら、王妃様は当たり前のように顔を隠しながら、王妃の椅子に座っていたのです。
そのとき家臣は、あの女の身元を一生懸命に調べました。しかし、彼女のことを知る人は、見つかりませんでした。彼女には親や、親友すらいないのだと、それを哀れに思った王子様が、妻にしたのだろうと、むりやり納得しました。そして、王子様自身は、王妃様について一言だけ言いました。
「
ですが、そんな男らしい一面を発揮しながらも、最近は二人の仲はあまり良くないようです。王子様は忙しい政務の合間を縫って、時間を作って話しかけていますが、王妃様がいつもぶっきらぼうに返事をするだけで、会話が続いていません。なんであの王妃様は、あの椅子にいるのか、なんであの人は、あんなに冷たくされても優しいのか。でも結局は、王子様は優しい人物だから、どんなに冷たくされても、優しいのだろうと、人々は思いました。
「はぁ……」
王妃様は、王子様に与えられた豪華すぎる自室のベットの上で、大きくため息を吐きました。彼女の人生は、しがない村娘として生まれたにしては、波乱の連続だったと振り返ります。
彼女は生まれつき、あまり体が強くありませんでした。同い年の子供が、外で遊んでいるのを、寝床の窓から、眺めているだけの日々でした。
「つまんない、わたしもあそびたい」
彼女は両親に何度も、何度も、頼みましたが、遂に首を縦にふりませんでした。
そんな時、彼女が幼い頃、村に流行り病がやってきました。その病は、体が汚く変色していき、最後には全身が人間ではなくなってしまうという、恐ろしい病気でした。
顔は爛れ、腐臭を発し、自分が人では無くなっていくように感じています。
「こわい、いたい」
そんな病に罹った彼女は、病床の中で何度も訴えました。自分の体が、病によって作り替えられていく苦痛は、幼い子供である彼女には、厳しすぎる試練でした。
「大丈夫よ。神様が、必ずや救ってくれるもの」
そう言って、両親は私の体を一生懸命に祈りました。体に触れることを嫌がっているのは、彼女にすらわかるくらいあからさまでした。
せめて顔が見たかった、触れてほしかった。
「いたいのなくして」
しかし、両親は、やはり首を縦にふってくれませんでした。その後すぐ、私は両親の懸命な看病の末、あっさりと死んでしまいました。
試練に打ち勝つことはとうとう叶いませんでした。結局私のもとに神様はやってこなかったのです。
しかし、私の前に、王子様はやってきました。
「――なんて酷い症状なんだ……」
「王子様! 離れてください! そんな呪いを持った死体に――」
「馬鹿者! この娘はまだ生きている! 病人の前で大声を出すな、民を救うのが我らの使命だぞ! すぐに王宮から医者を呼び出せ!」
「――ははッ!」
そうして王子様は、最高の名医を呼んで、私に適切な治療を施しました。
「これが、わたし?」
爛れた皮膚は純白に戻り、くすんでいた髪色は真っ直ぐにサラサラと、吹き出物は最初から存在しなかったかのように。
そこにいたのは、病に罹る前よりも、美しくなっていた彼女がいました。その美貌を見込まれ、そのまま彼女は王宮へと招待されました。最初は与えられた部屋の豪華さに恐れ、食事のパンがこれほどまで柔らかいのかと恐縮する、村娘でしかありませんでした。それがあれよという間に歩き方の練習や、上品な喋り方、挙句の果てには舞踏会のステップの踏み方まで一から教え込まれたのでした。
そうして、村娘は、付け焼刃のダンスを伴って、王子様と会おうとしました。会場に到着した時、王子様は村娘よりも華美で絢爛な令嬢に囲まれていましたが、必死に勇気を振り絞りました。
「ごきげんよう王子様、先日病に臥せっていた所を助けて頂いた村娘です。こうして面通りできたこと、至上の喜びと存じます」
ドレスの裾を持ち上げた事すらない村娘にとって、その挨拶が上手くできたのかどうか、心配で仕方がなかったみたいです。以前までは雲よりも遠い存在だったのに、命を助けて頂いたお礼を言えるなんて、絶対にないと思っていたからです。ただ、村娘はそれで満足したのか、足早に立ち去ろうとします。
「――どうされましたか、王子様……」
それを引き留めたのは、他ならない王子様自身でした。
「やはり……」
「え……?」
「貴女の顔は、美しいな……」
そうして、村娘は、王子様の婚約者になったのでした。
「いいかい、私以外に顔を見せてはならないよ。貴女の命は私が助けたのだから、私の物だ」
王子様は、独占欲がちょっぴり強かったみたいです。
村で死にゆく儚い命か、王子という堅牢な籠の雛か、どちらが幸せなのかは、王妃次第でしょう。
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