社会適合者
俺は、我ながらしっかりとした社会人だと自負できると思っている。
「わかった。飯食ったらすぐに向かうから、他の案件を一旦お前に預けるぞ」
緊急を知らせる電話に、頼んだばかりの定食を口にかきこみながら答える。
「大将、ご馳走様です」
社会人として欠かせない礼を店主にもかけ、俺は渦中へと急ぐ。自分の価値を知らしめるために。
「「「乾杯!」」」
部内全員を集めた飲み会の席、酒をなみなみと注いだジョッキ同士が景気よくぶつかり合う。期間にして二年、資金も、人員も、会社史上最大規模となったビックプロジェクトが成功した記念として、開催された飲み会だ。
「金は俺が持つ! 今日は無礼講だ!」
俺の言葉に、参加者全員が湧き立ち、我先にと店員を呼ぶため声の張り上げ手を挙げている。正直、この熱意が普段の会議に欲しいと、管理職の立場である自分は嘆いていたが、まぁ仕方がない。
「課長、隣失礼してもよろしいでしょうか」
「いいぞ、今回は、お疲れ様」
話しかけてきたのは、つい二年前に新入社員として入ってきたYだ。彼女は入って間もなく、研修担当して出会った。最初は仕事の呑み込みが遅い子だとは思っていたが、書類の細かいミスを指摘したことに始まり、人間関係の些細な変化に敏感で、トラブル回避に大きく役立ってくれた。そして、その時前述したプロジェクトの人員を決めようとしていた時だったこともあり、目端が利く彼女を半ば人事に無理をいって配属させた。最初のうちはメンバーの中でも贔屓だという声が挙がっていたが、それらの批判の声を、彼女は自分の実績で封殺した。今では彼女はこのプロジェクトの重要人物だと、メンバー全員が認めている。
「確か入社してから、お前はこのプロジェクトに携わってたよな」
「はい、課長が直接スカウトしてくれましたね。それまで、これほどハッキリと必要と言われたことはなかったので、嬉しかったです。ただ……」
「どうした?」
「――このメンバーが全員揃って仕事をするのも終わりだというのも、少し寂しい気分になります」
うちの企業は大き。今回の件が片付いたら、転職すると言ってる奴もいる。配置換えなどで、それぞれが別の道を歩むだろう。ましてやYはこんな経験は初めてだ。感傷に浸ってしまうのも当たり前だ。
「そうだな、でも、人生って案外そんな出会いと別れの繰り返しだろ? お前も今までとは違う道を歩くが、その時はこの仕事で学んだことを生かして、壁に当たっていけるさ」
「いや、壁には当たりたくはないですけどね。私は楽に課長とかの下でゆったりと働いていたいですよ。」
その言葉に、俺は動揺した。
彼女は確かに優秀だ。それを名目に批判を無視して重要プロジェクトに新人を引っ張り込んできた。だが、それ以上に俺はYに惚れていた。好きという言葉なんかでは表せないほど、Yを愛してた。
もしかして、Yは自分を好きなんじゃないか。今まで社会人として相応しい行動をしてきたんだ。彼女に好かれていても不思議ではない。そう思ったら自然に口が動いた。
「この後、飲み直そう。大事な話がしたい」
Yは驚いた表情して、頬を赤くしながら小さく頷いた。
「じゃあ、お前ら、気をつけて帰れよ」
「ら、らいじょうぶれふ~」
呂律すら回っていない社員を笑顔で見送る。いつもならば、社会人としての度量を見せつけるためにタクシーなどを呼ぶが、今の自分にそこまでの余裕はない。
「じゃあ、行こっか」
俺はYを伴って、次の居酒屋へと歩き出した。
暗い路地を歩く中、自分の心臓は早鐘を打っていた。この後どんな言葉を言えば良いのだろうか。どんなシチュエーションが良いのか。そこまで考えを巡らせて、自分は立派な人生を歩んでいるんだという事を思い出した。これまで積んだ善行は他人とは比べ物にならない。ならばそんな細かいことを考えずとも大丈夫――
「あっ、すいません」
唐突に彼女の鞄から音楽が流れ始める。Yは一言断って、電話を取った。
「もしもし~ 今? 会社の上司の人と一緒に二次会の場所行ってるよ~」
その時、自分の中で言い知れぬざわめきが、心の中をよぎった。そのまますぐに、彼女の電話が切れたタイミングで、尋ねてみる。
「今の人って、父親とかか」
「いえ、彼氏です――」
その言葉が聞こえた時、俺の腕はのY顔面を捉えていた。そのままボールのようにバウンドしながら地面を転がっていく。数メートル離れた地面に突っ伏している彼女に、何度も拳を振るう。
気が付けば、自分は道具を持って山の中にいた。誰にも見つからないであろう深く、大きな穴を掘り上げ、彼女を中に入れた。
「やっぱり俺は、社会に向いてるじゃん」
与えられた仕事を完璧にこなせた俺は、やはり社会に適合できていると実感した。
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