復讐訪問販売
「何かあなたは恨みを抱えていませんか? それならば、我が社に復讐の代行依頼をしてみませんか!?」
引っ越し初日、一番気を付けなければいけないのは宗教と訪問販売。そう誰に聞いても同じ答えが返ってくる当たり前のことを、Sは無視してしまった。
チャイムが鳴ったから、ただそれだけの理由でいつもと同じように玄関の扉を開ける。
しかし、目の前に立っていたのはスーツを着た女性だった。すると訪問客は挨拶すら挟まず、機関銃のようにセールス文句を並べたてた。
「この社会には理不尽な事がとても多い! それはS様も感じている事でしょう!」
「ええと、うん…… はい、そうですね」
なんで自分の名前を知っているんだとか、そこまで押しつけがましい思想はどうでもいいなとか、言いたいことは山ほどあった。しかし彼女の言葉には迫力があり、そのプレッシャーにいつの間にか押されてしまっていた。
「これはいつもの癖でマシンガントークを行ってしまいました! 申し訳ございません!」
そう言って、彼女は頭が地面に付きそうなほど腰を曲げ、頭を下げた。――正直に言って、このスピード感にSは全く持って付いていけてなかった。
「というわけでして! 是非わたくしVが、S様にサービスの紹介を行いたいと思いますが、お時間よろしいでしょうか!」
そしてそのまま、Vと名乗る訪問客に押し切られるまま、話は進んでいった。
「……粗茶ですが、こちらをどうぞ」
「これは事前のアポすらとっていいなかったというのに、茶まで用意してもらうとはこれは断るのが失礼という奴ですね!」
Vは躊躇も、遠慮もなく、コップをひっくり返す勢いで、お茶を飲み干していく。
Sは、茶を飲みながら自分のペースを取り戻そうという魂胆が、一瞬にして途切れたことにショックを受けていた。一体どうすれば、この暴走機関車を止めることが出来るのかと。
「いやぁ、非常に美味で何杯でも飲みたいくらいですが、時間も勿体ないことですし、早速本題に入らさせていただきましょう!」
そう言って、Vは唯一持参した鞄の中から、一枚の名刺と書類のまとまったファイルを取り出した。
『株式会社リベンジ、アナタの復讐を代行します。』
なんとも物騒な見出しが書類の上に踊っていた。
「というわけでして、具体的な商品説明を行いたいと思います! まず初め、S様は我々の手によって既に調査が行われてアナタ個人を狙って訪問しに来たのです」
「……つまり、私の引っ越しに関係なく、いずれ私に商品説明をしにきたと?」
「一を聞いて十を知るとはまさかにこのこと、その通りです!」
聡明ですね、なんて目を輝かせながらVはSのことを褒める。そんなことで持ち上げられるのは暫く経験していなかったので、悪い気はせず、素直に受け取ることが出来た。
「では我が社がどんな基準で紹介する人物を選んでいるかというと……ずばり! 誰かに恨みを持っている事が確実であろう人物!」
紹介者を選ぶといった時点で、なんとなく気が付いていたが想像から外れることは無かった。
自分は学生時代、イジメに合っていた。陰湿でクラスの皆が自分を笑った。周りに助けを求めても、誰も応えてくれなかった。
「というわけで、当時の人物達のリストを作ってきました! どんな方法でも構いませんよ!」
パンフレットを両手に持ちVがSに近づいてきた。『不倫』『借金』『拉致』自分が思いつくようなことは、大体書かれていた。
――答えは決まっていた。
「別に興味ないですね、お引き取り下さい」
Sのその言葉に、Vは顔をポカンとさせていた。断れることなど微塵も想定していない、そんな顔は見ていて面白かった。
「……え、いや、だって! 復讐ですよ! 金額が高いというなら安くできますよ! したくないんですか!?」
「別にそんなことをしなくても今の私は幸せですし、忌まわしき過去なんて金を払って関わりたくなるほど酔狂じゃないんです」
「――失礼しました」
結局、彼女は何も言わず、Sの部屋を去っていった。その後ろ姿には、寂しさが滲み出ていた。
「うーん…… 少し虐めすぎちゃったかな?」
確かに変わっているのだろう。恐らく当時のSなら、この絶好の機会を手放すことはしなかっただろう。どんな代償を払おうとも、例え悪魔と契約しようとも、絶対に成し遂げたに違いない。
だが、今のSにそうしないのには理由があった。いや、そうしないだけの価値があったのだ。
「Vって子、自分を虐めてた主犯格の女子と、顔がそっくりなんだよなぁ……」
ちょっと冷たく突き放す。そして、悲しそうな顔をして去っていく。
些細な嫌がらせ、それだけで、自分が当時されていたことの溜飲が下がってしまう。所詮は過ぎ去った過去なのだ。固執するなんてアホらしい。
「復讐訪問販売なんて、流行らないでほしいもんだけどねぇ……」
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