(044) Area 20 Involved 共謀
--共謀--#カイ
「お二人の計画は理解できました。どうか僕に協力させてください」
柏原さんと舵が対照的な反応をして僕を見ている。柏原さんは話が聞こえているかも怪しいほど表情を変えず、微動だにせずにいる。その隣で、舵は今にも噛みつきそうな様子で、口を開いた。
「何を言うかと思えば、ふざけたことを。今更お前と組んで俺たちに何の得がある?」
舵はかなり苛立っているようだ。僕はできる限り平静を装い、取引を持ちかけた。
「もし、僕が本当にあなたがたのいう門崎カイだと言うのなら、僕の記憶が戻る手伝いをしてくれませんか? その見返りとして、僕はあなたの目的が達成されるまで、行動を共にします。人質として、協力者として」
「何が言いたいのかわからないな。そんなことして、何の得になる。だいたい記憶がないなんてことを簡単に信じられると思うのか?」
舵の言葉の節々に棘があって何だか痛い。僕は舵から相当恨みを買っているらしい。とにかく今は正面から向かい合うしかない。
「まず、何の得になるかですが、僕は自分のことが知りたいだけです。記憶が戻るためならできる限りのことをしようと心に決めています。次に、記憶制御されている点についてですが、記憶がないことをどうやって証明すればいいかはわかりません。でも、DA3にある部品工場に連絡を取って、その工場長に聞けば僕が今までどんな状態だったかわかるはずです。僕はその工場でしばらくの間働いてたので、その時の様子を聞いてもらえれば、少しは僕の言っていることを信じてもらえるかと思います」
「DA3? ふざけてるのか?」
「ふざけてどうなるんですか? すぐばれてしまう嘘なんて、ついても意味がないのはわかっています」
「その工場の名前、なんて言うんだ?」
「名前は……」
そこまで言って、僕は口をつぐんだ。
「まさか、工場の名前も忘れたって言うんじゃないだろうな?」
舵が苛立ちを隠せずにいる。今にも倉庫から出て行ってしまいそうだ。
そう言えばあの工場には看板がなかったし、給料も前払いだった。流されるような日々の中、名前すら知らない工場で働いていた自分に、僕は呆れて言葉も出なくなってしまった。何か僕のことを証明をできるものはないかな?
「そうだ。IDがある」
「ID……?」
「はい。工場で働くためのカードです。僕のコートのポケットに入っているIDカードについて調べてください」
舵が柏原さんに目線を移す。舵の目は視線だけで柏原さんを撃ち殺してしまうのではないかと思えるほど殺気に満ちている。
「IDカードが入っていたか?」
「ポケットはすべて確認したが、カードはなかったよ」
舵の射るような視線が目に入らないのだろうか、柏原さんがまったく動揺することなく落ち着いた物言いで答えた。この人の心臓には毛が生えているに違いない。
「隠しポケットがあるんです」
口を挟んだことを後悔するほど鋭い視線が僕に向けられる。
「隠しポケット?」
柏原さんが、こっちが拍子抜けしそうなほど軽い調子で反応してきた。
「DA3は物騒な場所なので……」
舵は少し呆れたような、諦めにも似た表情を浮かべた。まるで、柏原さんに『お前に任せた俺が悪かった』とでも言っているようだ。舵は無言で椅子から立ち上がると、倉庫から出ていった。
数分後戻ってきた舵の手には、工場のIDカードが握られていた。
「このカードをどこで手に入れた?」
「工場でもらったんです」
カードに視線を落として、舵が眉間にシワを寄せている。カードはケースに入っているが、そのケースに入ったメモ用紙を見つけた舵が、紙を取り出して見た。
「このアドレスは何だ?」
「工場を紹介してくれた人にもらったものです。もし、DA2来たら、連絡するようにと言われていました。誰のアドレスかは知りません」
「連絡したのか?」
「いいえ」
メモ用紙を覗き込んだ柏原さんが、思いもよらないことを口にした。
「これ、私のアドレスだよ」
「え? 柏原さん、もしかして穴見さんと知り合いですか?」
「穴見? いいや、知らないな」
キョトンとしている柏原さんをよそに、舵はイライラしてIDに視線を移すと、乱暴な口調で問いかけてきた。
「このIDカード書いてあるのはお前の名前じゃない。どうしてこのカードをお前が持っているんだ」
「紹介してくれた人の名前が入ったIDカードを工場長の船引さんに渡されたんです」
「K. Anami……」
「僕が倒れていたところを助けてくれた恩人です。工場長に確認してさえくれれば、僕が言ってることが本当のことだとわかるはずです」
舵は一瞬目を閉じると、スボンのポケットから小型の端末を取り出し、IDカードを柏原さんに渡した。IDカードを見た柏原さんの表情が曇る。
「DA3、エリアDの地図」
舵の声に反応して、端末から青白い光を放ちホログラムが映し出された。
五メートル四方ほどの空間に街が形作られ、道を歩く人の姿まで浮かび上がってくる。その景色は間違いなく、僕にとってつい最近まで日常だった世界で、必死で生活していた
「工場はどこだ?」
舵は硬い表情で浮かび上がった街を見下ろしている。
僕はゆっくり立ち上がると、ホログラムの中を歩き出した。いつも歩いていた工場までの道に沿って進むと、数ヶ月間の記憶が走馬灯のように僕の脳内に蘇ってくる。実際の街の何分の一だろう。映し出されたホログラムの中を巨人のように僕は進んでいく。
「この建物です」
僕の指差した点を舵は見つめた。
「お前はDA3でなんと呼ばれていた?」
舵は少し迷ったような表情で質問してきた。僕には舵の質問の意図が読めなかったが、
「
僕の答えを聞いた舵はため息をついた。
「……わかった」
気のせいかもしれないけれど、ため息のあとの舵の声は今まであった棘が取れたようで、どこか優しさを忍ばせていた。
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