(012) Area 31 Not be erased 本当に大切な記憶
--本当に大切な記憶--#カイ
MCUのある七階に急いで向かう。
三台並んだエレベーターの中に一階に止まっているエレベーターが一台あったので、早速エレベーターに乗り込んだ。七階のボタンを押すと、エレベーター内でセキュリティーカードをスキャンするか、網膜スキャンすることを要求された。スキャナーに目をかざすと、問題なくエレベーターが動き出した。
強気なことを言って、北田さんの制止を振り切って戻ってきたが、やっぱり僕は博士に騙されているのかもしれない。
エレベーターが一階から七階に移動している間、建物に戻って走ってきている間にレンズに読み込まれれたメッセージを読んだ。
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私がすべて間違っていた、
本当は、何年も前に私自身のことを
カイやミエ、千波に伝えるべきだった。
だが、MCUが破壊される今、
私にはもう何も望むものもない。
MCS社が欲しいのは、結局のところMCUだけだ。
第四脳科学研究所のMCUが破壊された時点で、
彼らが私たち一家を追いかけてくることはなくなるだろう。
国民にMCUに対する不信感が植え付けられ、
MCUの存在価値が失われた今、
政府も私たちを構うことはないはずだ。
カイ、ミエ、二人とも、自由になってくれ。
このメッセージを読んでいる時点で、
カイがどこまで記憶を取り戻しているのか、
私にはわからない。
カイにとって過去がどうであれ、
未来が穏やかな日々であることを願っているよ。
過去の記憶に囚われて、
悲しみから逃げられないこともあるだろう。
けれど、記憶なんて、そもそも
何の確実性もないただの脳の作り出した物語だ。
日々、色を変え、形を変え、
私たちに問いかけてくる不可思議なものだよ。
カイ、君は私を信じないかもしれない。
けれど、それでも、私は、大切な家族を守りたかったんだ。
いつだって、ずっと、ミエとカイの幸せを願ってきた。
そして、これからもずっと願っているよ。
雲海
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メッセージを読み終わっても、はっきり言って、もう何を信じたらいいのかわからなかった。ただ、自分の中に蘇ってきた記憶と現実を照らし合わせて、直感で動くしかなかった。
七階でエレベーターは止まり、静かに扉が開いた。
フロアの照明は消えているけれど、フロアの真ん中にあるMCUの内部だけが青白く光っていて、まるでウミホタルが発光して部屋中を照らしているようだ。
MCUのキャスケットの前に人影が見える。
「博士、あなたを助けに来ました」
逆光のせいで、顔がはっきり見えない。
「僕はあなたを置いていけない。オヤジさんを置いていったあの日とは違う。あなたはまだ生きている」
MCUに近づくと、キャスケットの前に立っている人の背格好は小柄で、明らかに博士ではない。僕の目が慣れるより先に、向こうのほうが僕に気がついて近づいてきた。
「カイ? 博士ってどういうこと? 博士もここにいるの?」
ミエ? いいや、違う。僕は目を疑った。リクだ!
「リク、どうしてここに?」
「どうしてって、MCUの破壊に必要なものだって依頼内容に書かれてたから、急いでタブレットを届けにきたのよ。カイが北田さんに頼んで配達依頼を出したんじゃないの?」
「僕は配達依頼なんて出してないよ」
「でも、これ。TW-02530はあなたのものでしょ?」
リクはタブレットをバックから出して、僕に見せてきた。
「タブレットは僕のものだけど、僕は配達なんて頼んでないよ」
リクは明らかに困惑している。
「北田さん名義で私にDR・App経由で依頼があったの」
「北田さんは依頼を出したなんて言ってなかったけど……。それより、リクはどうやって施設内に入ったの?」
「このカードが私のヘルメットの紐の部分に括り付けてあったの。昨日の夕方、ここに配達に来た時に発行された38Rのセキュリティーカードよ。使用期限を延長しておいたみたい。カードには、前に北田さんが私のヘルメットの中に残したメモと同じ濁った色の紙が張り付いていて、そのメモに『もしもの時にはカイを助けてほしい』って書かれてた。筆跡も同じ——斜めに傾いた独特な文字だったから、間違いないと思ったんだけど……」
「配達は、本当に北田さんが依頼したのかな?」
「そこまで言われると……。誰かが北田さんの振りをして依頼してきた可能性も、なくはないと思う。でもそうなると、私に依頼してきたのは、ミエくらいしか思い浮かばないんだけど」
リクが嘘をついているようには見えない。とにかく博士を探さないと。
「リク、ここに来てから博士を見なかった?」
「博士? 見てないけど……」
「僕は、博士が送ってきたメッセージを見てここに戻ってきたんだ」
「博士が送ってきたって、カイの目のレンズに?」
僕は首を縦に振った。そして、恐る恐るMCUに近づいていった。ミエも僕と並んでMCUに近づいていく。すると、MCUの制御室の扉が開き、博士が姿を表した。
「博士……」
リクが僕の後ろに身を隠すように、後退りした。
「リク、すまない。そのタブレットを渡してくれ?」
「どうして? 博士が配達を頼んだの?」
「そうだ。危ない目に合わせてすまない」
リクはひどく顔をこわばらせている。
「じゃあ、セキュリティーカードも博士がヘルメットに入れたの?」
「いいや、そのことはたまたま知ったんだ。リクがカイを連れてきた翌日から、リクのバイクをずっと追跡していた。バイクのドライブレコーダーもハッキングして音声や映像を入手していた。ミエと北田くんがバイクの前でしたやりとりから、セキュリティーカードのことを知って、この状況を利用したんだ」
既に博士のことを信用しきれずにいたリクだったが、博士が自分の行動をハッキングして監視していたことを知って、相当ショックを受けているようだ。
「リク、大丈夫?」
僕の問いに、リクは何とか首を縦に振った。それでも顔は青ざめている。
博士は、リクから視線を外すと、まるで何年も前からこの時が来るのがわかっていたかのように、僕を見つめてきた。
「博士、どうして僕にあんなメッセージを送ったんですか?」
「どうしてだと思う?」
「そんなのわかりません。あなたは僕やミエ、それに母にとってどんな存在だったんですか?」
「ミエは父を避けていました。あなたは僕やミエの父ではない。なのに、『何年も前に私自身のことをカイやミエ、千波に伝えるべきだった』とメッセージに書いています。あなたは誰で、何を僕たちに伝えるべきだったんですか? 何も言わないまま、ここで何をしようとしているんですか?」
「カイ、まだ思い出せないのか?」
博士はポケットからカードを出して、僕の方に向けて、カードに書いてある文字がよくわかるように見せてきた。
『KAI KADOSAKI』
僕の第四脳科学研究所のセキュリティカードだ。
「どうして博士が? なぜ僕のカードを持っているんですか?」
「四月八日に何があったのか、この場に来ても思い出せないのか? ……カイはまだ、本当に大切な記憶だけは思い出せていないようだね」
本当に大切な記憶?
「自分が一体どうやって記憶を失い、なぜ永薪食堂に連れて行かれたか、わかっているのか?」
「僕はMCUにかけられて記憶を失った、目覚めた施設で女性の研究員に説明を受けたんだ。その記憶だけはどうしても偽物だと思えない」
「カイ。その研究員の名前は何だ?」
「研究員の名前?」
質問の意図が読めない。
「センバ……です」
博士がポケットから古い財布を取り出すと、写真を一枚取り出して僕に向けて見せた。
「その女性はこの人じゃないのか?」
僕はその写真を見た途端、息が詰まってしまい、何も言えなくなった。
この人は、この人は……。
「どうして博士が、センバさんの写真を持っているんですか?」
「リク、そのタブレットの画面を私の方に向けてくれるか?」
リクは少し戸惑いながらも画面を博士の方に向けた。すると、ポンと言う電子音がして、タブレットのロックが解除された。
「え? どうして??」
リクはロックが解除されたタブレットの画面を覗き込んで、僕にも画面を見せてきた。
「顔認証でロックが解除されたんだ。そのタブレットは、もともと私の物だったんだ」
オヤジさんがどうして博士のタブレットを持っていたんだ? 偶然なのか?
いや、そう言えば、火事の時にオヤジさんは『ジンを見つけろ。ミエに謝ってくれ』と言っていた。
「もしかして、博士の名前はジンなんですか?」
「ああ、
リクの表情がさらに険しくなっていく。怒りというよりは、悲しみが滲み出ている。博士が名前まで偽っていたことに、相当な衝撃を受けているようだ。
「リク、その中のCと名前のついたフォルダを開いて、2085から始まる名前の写真を開いてくれ」
リクの目の焦点が定まらず、宙に浮いているようだ。博士の声が聞こえているのかどうか僕にはわからない。
「リク、大丈夫?」
僕の声に反応して、リクが慌てて画面をタップし、Cと名前のついたフォルダを開けた。フォルダのなかには何十枚、いや、何百枚もの画像ファイルが保存されている。その中で、2085から始まる名前の画像ファイルをタップすると、さっき博士が財布から出した写真に写っていた女性が赤ちゃんと一緒に写っている写真が映し出された。リクが画面をスワイプさせて、画像を切り替えた。どの写真にも、同じ女性が写っている。タブレットの画面に映っていた犬が——女の子と男の子と一緒にいた焦げ茶色の犬が——女性と一緒に写っている写真もいくつかある。
「これって……」
僕は、頭の中が、メルトダウンしてしまいそうだ。
「カイ、この女性は
「センバ……ちなみ……僕の母さんの名前?」
千の波……さざなみのように幾重にも重なる音が聞こえてくる。
「あの日の記憶は、あの、MCUにかけられた後に目覚めた後、記憶制御施設でセンバという女性に聞いた話は……あの記憶は……」
「目覚めた施設で女性の研究員に説明を受けた記憶はおそらく、カイ、君が、幼い頃に聞いた言葉や話、そして、その後手に入れたMCUに関する知識を組み合わせて、カイ自身が作り出したものだろう。私が君を永薪食堂に連れて行っている間、君はずっと意識がなかった。君は移動中にMCUにかけられたものが通常経験することを夢で見たんだと思う。
君の話に出てくるセンバは千波のことで間違いないだろう」
「そんな……」
「千波は昔、センバという偽名でMCPに記憶制御後の状況説明やケアをする仕事をしていたんだ。その時カイはまだ生まれていなくて、正確にいうと胎児だった。ほとんどの人は胎児の時の記憶はないけれど、聴力がかなり良いカイのことだ、胎内記憶が鮮明に残っていてもおかしくない。
私の想像でしかないが、カイが胎児だった頃に聞いた話が何らかの形で蘇ってきて、センバに説明を受ける夢を見たのかもしれない」
「そんなことって……」
「じゃあ、永薪食堂に連れて行かれた日に、車を運転していたのは誰か覚えているか?」
運転していたのは、大柄な男の人で、それで……。
僕はあの日、車に乗って、オヤジさんの食堂に着いて、でも、あの時、車にいたのは……。
「どうやってその車に乗ったか覚えているか?」
バスで農場に向かっていて、僕だけが残されて、意識が戻った時には、僕は乗用車の後部座席に寝かされていた。でも、それは僕が気を失ったからで……。いや、違うのか? 一体どこからが夢でどこからが現実なんだ?
僕は、今までになく取り乱していた。僕は、僕は、
「博士、僕はずっと……」
自己が崩れていく。足元が揺らぐ。何も考えられない。意識が深い闇に落ちていきそうだ……。
そんな僕の気持ちとは裏腹に、北側の窓の外が妙に明るくなった。
おそらく十数キロ離れたDA1にある行政機関が集中したエリアで、電気が復旧したのだろう。街全体がまるで大きな光の塊のように空全体が、チカチカ、と瞬いた。
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