(011) Area 31 Not be erased 不要なプログラム
--不要なプログラム-- #カイ
あれ? 真っ暗で……前が見えない。
僕は誰かに呼ばれた気がして、振り向いた。その姿は真っ白い光の中にあって、僕には誰かわからない。部屋は再び暗くなって、目の前に白い光の残像だけが残った。
「ここは私に任せて、カイはリクとタブレットを持って早くここから逃げなさい!」
背後から、博士が僕の背中を押してきたのがわかった。
「DA1の政府関連施設の電気が復旧したようだ。これ以上MCUの破壊を遅らせるわけにはいかない。私が始めたことだ。私が片をつける」
「私が始めたこと? 片をつけるって、どういうこと?」
DA1の電気が復旧した影響で、逆に電気の供給が不安定になったのか、
唯一の光源であるMCUが闇に溶け込んだせいで、フロア全体が真っ暗になり、博士の表情や動きがはっきり読めない。
「カイ。私はここで死ぬべきだ。千波もこの装置が私とともに消えることを許してくれるだろう。私のせいで、この世界は壊れてしまったのだから。
凍結装置など作るべきではなかった。私はMCUの開発を途中で投げ出し、千波にMCUの開発を引き継がせてしまった。私がいなければ、これほどの混乱は生まれなかった……」
「どうして、ここで僕の母さんが出てくるんですか? あなたは母の何だったんですか?」
「カイ、まだわからないのか? 私の本当の名は、
「博士、そんな……まさか」
「ああ、
博士の、ひいおじいちゃんの抱えてきた痛みが、すべて押し寄せてきたのかと思うほど、強い痛みが僕の体中に走った。
「私の見た目が不思議かい? 年齢と見た目が一致しないのは、私が二〇四二年、三七歳の時に極秘に凍結体となって、二〇九二年に解凍されるまで五十年間、歳を取らなかったからだ。二〇九二年に解凍されてからは、確かに見た目も多少は歳をとっているが、見た目よりも脳や内臓の方が急激に歳を取っている」
「……」
何か言いたいのに、もう何も言えない。
「私は自分を凍結体にする時に、五十年後に自動解凍されるように設定していた。個人差はあるが、体の内側は一年に三年から五年分、歳を取っているから、もうそろそろ実際の年齢に追いつくはずだ。——私の寿命が尽きるのも、もう時間の問題だよ」
扉が開く音がした。博士が制御室へ入ろうとしているんだ!
「ここから逃げて、幸せに生きてくれ!」
絞り出すような博士の声に向かって僕は手を伸ばした。——なんとか博士の腕を掴むことができた、僕はその腕を思い切り引いた。博士が必死に僕の手を振り払おうとしている。
僕は、僕がわからない。いろんな記憶が、蘇っては語りかけてくる。
父さんも、母さんも、ミエも、博士のことだって。
ぐちゃぐちゃだ。
過去も現在も夢も現実も、何もかも。
でも、僕はただ、あなたをここで死なせたくない。
"カイ、覚えておいて"
母さん?
"困ったら、今から説明する通りにしてね"
——うん、わかったよ、母さん。
僕は掴んでいた博士の腕を捻るようにして、博士を制御室の外に出した。鍛冶場の馬鹿力とはよく言ったものだ。普段の僕なら、一瞬で博士に振り切られていただろう。捻り出された勢いで、博士の手から僕のセキュリティーカードが落ちた。
「リク、博士を頼む。僕がすべてを終わらせる」
「カイ?」
リクの不安そうな声が聞こえる。
「——カイ? 何をしようとしているの?」
「リク、信じて!」
僕は、床に落ちたセキュリティーカードを拾い、制御室に入ると、一目散に制御室内にある二重扉に向かう。二重扉の一枚目の扉を開けて、その中に入り、扉を閉めようとした瞬間、背後から博士の声が聞こえた。
「リク、何をするんだ! 離すんだ!」
リクが博士の眼鏡を弾き飛ばしたのが、外から入ってくる街の光で微かに見えた。
僕は二枚目の扉を開くと、装置に向かって手を伸ばした。
僕は持っていたライターで手元を照らしながら、装置につながった二十センチほどの長さの青いケーブルを一本抜くと、ポケットに忍ばせて、制御室に戻った。
制御室では、床に膝を付いて俯いている博士の背中に、リクが戸惑った様子で手を置いていた。
「どうして、MCUと共に逝かせてくれないんだ? 私はもう……これ以上……どうして逝かせてくれないんだ……どうして……」
博士は、まるで壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返しながら、頭を抱えている。
「逝かせない。僕は、あなたの話をもっと聞きたい。あなたのことを知りたいんだ」
博士はゆっくりと顔を上げた。
「私の話を聞きたい……?」
「うん。そうだよ」
「……そういえば、よほど気を許したのか、知り合ってしばらくすると、千波もよくそんなことを言っていたな。千波は私と何を話したかったんだろう?」
博士は半分夢を見ているように、宙を見ながら喋っていて、僕と目が合わない。僕は博士の肩に手を置いた。
「博士、MCUはもう動きません。早くここを出ましょう」
「何を言っているんだ?」
「思い出したんだ。全部知ってたんだ。聞こえていたんだ」
僕はさっき装置から引き抜いた何の変哲もない青いケーブルをポケットから出すと、博士に見せた。
「これが母さんの秘密」
「ケーブル?」
リクが目を点にして僕と博士のやりとりを見つめている。
「このケーブルが別の特定のケーブルに干渉して、プログラムの一部が作動しなくなるんだって。
もともと母さんが組んだプログラムには、わざと不要なプログラムが含まれていたんだ。詳しい仕組みまでは知らないけど、その不要なプログラムを、このケーブル一本で動かなくして、装置が正常に作動するようにしていたんだ。
このケーブル自体が特殊なものだから、複製はできない。
母さんは立ち上げ時に普通のケーブルからこの特殊なケーブルに付け替えていたんだ。
みんな、MCUを完全なもののように扱っていたけど、そんなことはない。
もともと、プログラム自体が不完全なものだったんだ」
ライターの火を、ケーブルに近づける。ケーブルのビニール部分が溶け出し、ケーブル内部が勢いよくチリチリと燃えた。特殊な素材で作られていたのだろう、ケーブルはあっという間にバラバラと崩れて、塵となった。
「これでもう、MCUは動かない」
僕はライターの蓋を閉めてポケットにしまおうとした瞬間、博士が声を上げた。
「そのライターは……!」
「U.Kって書いてある。門崎雲海(KADOSAKI UNKAI)。おじいちゃんのものだよね。母さんが何年も前に僕にくれたんだ。いつか必要になるから持っていなさいって……」
◇ ◇ ◇
目の前で起こったことを、まだ受け入れられないのだろう。リクと僕は動揺を隠せずにいる博士を二人で支えながら、MCUの外に出て、エレベーターに向かった。
MCUはもうただの鉄の塊になったようだ。もう、どこからも電子音は聞こえてこない。
エレベーターに乗る直前に、リクの端末に電話がかかってきた。
この時なぜリクの端末が施設内で使用できたのか不思議だったけれど、後でリクに聞くと、リクに配達に来たときに北田さんにネットワークへのログイン方法を教えてもらって、その時にした設定がそのままになっていたと教えてくれた。
「DR・Appにかかってきてる。誰だろう?」
「はい、あ、北田さん。ミエが、はい。わかりました。
……。
いますよ。 ミエさんが研究所の裏に? 三人で向かいます。
……。
わかりました。今から向かいます」
ミエが電話を切る。
「北田さんが、ミエが研究所の裏で待っているから、表から出ずに裏口から出てほしいって」
「ミエが?」
「うん。ミエは私のバイクがここに向かっているのに気がついて、追いかけてきてくれてたみたい」
「そっか」
「表から出ると、こっちに向かっている警察と鉢合わせするかもしれないから、三階の研究室の裏口から出て、関係者用のドアから敷地外に出てほしいって」
「わかった」
エレベーターに乗り三階まで降りて、三階の研究室『K-5』に戻ってきた。
研究室の奥にある非常口を開けると、夜の冷たい空気が吹き付けてきた。今にも雨が降り出しそうだ。西門の方からサイレンの音が響いてくる。
視界には入ってこないが、どこからか何かが軋む音が聞こえてくる。この音って、もしかして⁉︎ 僕は思わず非常階段を駆け降りた。
研究所の裏には職員用の広い駐車場と物置のような建物があり、物置の脇に関係者用の出入り口が見えた。ドアのロックをセキュリティーカードで解いて、敷地外に出る。リクと博士は無言のまま僕についてくる。夜の工場地帯のため、人影はない。——が、背後から勢いよく何かが走ってくる足音がした。
振り向くと、そこには見慣れた食いしん坊の顔があった。
「アン!」
レインがリクに飛びついた。
「おばあちゃんの所にいなさいって、ついてきちゃダメって、言ったのに……」
レインを撫でながらリクは困った顔をしているが、リクはレインの嬉しそうな態度に、昨日から続いていたの緊張感から解放されて、やっと安堵した表情を見せた。
左右に伸びる直線の道路に、メタセコイア並木がどこまでも続いている。
軋む音とともに、見覚えのあるオレンジ色のバイクに乗ったミエが現れた。
このバイクはミエのものだったのか!
「三人とも、無事でよかった」
ミエと僕は久しぶりに会ったはずなのに、ミエはまったく態度に出さない。ミエは、バイクごとメタセコイア並木添いの歩道に乗り入れた。
「車道にいると目立つからね」
「北田さんは?」
リクが周りを見渡しながらミエに聞いた。
「ここまで車で迎えに来ると目立つから、少し離れたところで待っているの。あなたのバイクは北田さんの車で運んでるから大丈夫よ。ついてきて」
僕は少し歩幅を広げて歩き、バイクを押しながら歩くミエの横に追いついた。ミエは張り詰めた表情をしている。
「ミエ、MCUを破壊したよ」
僕の方を見たミエは、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「そっか、ありがとう」
そう言ったミエはの瞳はひどく寂しそうで、でも、その口調はどこか優しくて、安心したような温かみを帯びていた。
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